ユウゴが死んだのは、午前三時ごろだった。


 光希は写真家である彼の助手を勤めるため、二十四時間自動録画装置付きの人工眼球をはめている。それが撮影していた動画によると、ユウゴは夜半過ぎに目覚め、冷蔵庫で冷やしておいたビールとつまみを口にして、浴室へと向かった。飲酒後の入浴は危険だと警告する光希に、彼は「光希、僕は彼女の部屋に行きたいんだよ。久しぶりなんだ。それに自分たちの子どもの受精の瞬間だけは撮りたくないから来ないでくれよ」と、少々猥雑な言い方で機械をいさめた。


 助手の警告は的中した。主人が一時間も出てこないことを不審に思った光希が、浴室を開けたのだ。すると湯船に浸かったまま意識を失っているユウゴを発見した。光希は一一〇番をしながらも、仮にも医師である晴子の部屋に飛び込み、主人の容態を説明した。


 ユウゴが死んでいることは、監察医の直感が告げた。けれど婚約者としての自分は、彼が生きていることを主張していて、晴子は手がつけられなくなった。結局やってきた救急隊員が死亡を確認して、今日の夜勤を任されていた晴子の先輩監察医と、日中まで軽口をたたいていたヒューマノイドの補佐がやってきて、ユウゴの検死を行った。飲酒と入浴によって高血圧となり、脳動脈瘤が破裂。特発性くも膜下出血による死だった。


「美人薄命とかいうだろう、晴子ちゃん。だからさ、正直言ってこいつめっちゃ長生きすんぞってみんな話してたんだよ。それなのに晴子ちゃん残して、バカじゃねえのかよ……」


「今度、富士山のご来光の写真撮るって息巻いてたんだ。来月のさ、七月二十五日の朝。そう、晴子ちゃんの誕生日のご来光撮って、その写真でプロポーズするって言ってたんだ。言ってたじゃねえかユウゴ……くそっ」


 写真家仲間は、口々にユウゴのはやすぎる死を罵倒した。彼ではなく、彼を奪っていった死を悪く言った。そうすれば、死が彼を返してくれると思っていたのかもしれない。


 けれども、死は、罵倒されても懇願されても、泣かれても、額がすり切れるほど土下座されても、死んだ人を返してはくれない。

 そのことを、晴子は仕事柄、よくわかっているつもりだった。


「いやああああああっ! 焼かないで、この人を焼かないで! 殺さないで!」


 いっそのこと、一緒に焼いてほしかった。

 死など、なにひとつわかっていない。わかるわけもない。目の前で、焼き場に送られる大好きな彼が入っている棺に取りすがってしまっては、わかるものもわかりたくないとさえ思ってしまった。


 棺にすがってむせび泣く晴子を、母や、義理とはいえそうなるはずだったユウゴの母が引きはがしにかかる。そんな親たちを振り払いながらとんでもない力で棺にしがみついていた晴子を、最後に力ずくで引きはがしたのは光希だった。


 ユウゴが焼かれるまでの一時間、親族たちとは別な部屋で、晴子は光希の前でずっと泣きじゃくっていた。泣きじゃくって手に負えない晴子が、機械に押しつけられたといってもいい。けれど今は、その無感情な機械の思いやりが優しく感じられた。


「ハレちゃん」と晴子を呼ぶのは、死んだユウゴだけだった。


 見上げれば、そこには光希しかいない。

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