第3話 襲撃
夜が更け、静寂が町を包み込んでいた。才賀乃斗は机に座り、目の前に開かれた本をじっと見つめていた。光が失われ、ページの表面は再び普通の紙に戻ったかのようだった。しかし、彼の心にはまだその光景が焼き付いていた。触手の影、そしてあの声。乃斗は全身に冷たい汗をかき、何かに追い詰められているような感覚を覚えた。
突然、外から何かが動く音が聞こえた。最初は風の音かと思ったが、その音は次第に大きくなり、何かが這い回るような、湿った音に変わっていった。乃斗は不安を覚え、窓の外をそっと覗いた。
暗闇の中、彼の目は異常なものを捉えた。路地に、うごめく異形の影があった。それは人間の形をしていたが、明らかに何かがおかしかった。皮膚は濡れて光っており、両手両足には膜が張り付いている。その目は異常に大きく、魚のように光を反射していた。
乃斗の心臓は激しく鼓動し、恐怖が彼を支配し始めた。その生物は二足歩行で、まるで水中を泳ぐかのような滑らかな動きで、乃斗の家の方へと近づいていた。
「深きもの…!」
乃斗はその存在を即座に理解した。彼が読んできた書物に記されていた異形の生物、深きものたちが彼の前に現れたのだ。彼らは太古から海底に住み、クトゥルフを崇拝する生物たち。彼らは海を越え、彼を狙っているのだ。
乃斗はすぐに窓を閉め、鍵をかけた。恐怖が彼の身体を縛りつけ、逃げるべきか、隠れるべきか、混乱していた。その時、家のドアが激しく叩かれる音が響いた。乃斗はドアの方へ振り返り、足がすくんだ。
ドアの向こうから、低い唸り声が聞こえ、深きものたちが彼を見つけたことを示していた。ドアを打ち破ろうとする力強い衝撃が響き、家全体が揺れた。乃斗はその音に恐怖を感じながら、家の中を見回したが、どこにも逃げ場はない。
「どうすれば…」
乃斗は必死に考えたが、恐怖が彼の判断力を奪っていた。だが、ふと机の上に置かれた本に目が行った。その本こそが、彼をこの恐怖に巻き込んだ原因であり、同時に何かの答えを持っているかもしれないと直感した。
乃斗は急いで本を手に取り、ページをめくった。ページの一つに、彼が今まで見落としていた奇妙な呪文が記されているのを見つけた。意味不明な言葉の羅列だったが、その文字がかすかに光を放っているように見えた。
「これだ…!」
乃斗は呪文の文言を声に出して読んだ。最初は何も起こらなかったが、次第に家の中の空気が変わり始めた。重苦しい空気が立ち込め、部屋の温度が急激に下がった。ドアを打ち破ろうとする音が次第に弱まり、外の深きものたちがその異変に気付いたかのように動きを止めた。
乃斗が呪文を読み終えた瞬間、部屋の中に不思議な音が響き渡った。それは低く、遠くから響くような音で、海底からの呼び声のようだった。そしてその音に呼応するかのように、外にいる深きものたちが一斉に呻き声を上げ、後退し始めた。
乃斗はその異変に驚きながらも、呪文が効果を発揮したことに気付き、少し安堵した。しかし、それは一時的なものであることを彼は理解していた。深きものたちは引き下がったものの、完全に退いたわけではない。彼らは再び戻ってくるだろう。そして、その時はさらに強力な力を持って襲ってくるに違いない。
乃斗は本を閉じ、深く息をついた。彼は生き延びたが、次に何が起こるかを恐れずにはいられなかった。彼は再び、夢の中で見た巨大な影を思い出し、その存在が今後彼の人生にどれほどの影響を与えるのかを考えた。
「この本…僕に一体何をさせるつもりなんだ…?」
乃斗は、今後の行動を決めるため、もう一度本を手に取った。その中には、彼がまだ知らない秘密と、さらなる恐怖が待ち受けているはずだった。だが、彼はすでにその世界に足を踏み入れてしまった。後戻りはできない。乃斗は深く息を吸い、今後の運命に立ち向かう決意を固めた。
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