第65話 修学旅行①-6 風呂といえば
夕食を終え、俺たちは部屋に戻って荷物を片付けたり、布団の配置を決めたりしていた。
誰もが満腹感と旅の疲れで一息ついていた、そんな時だった。
「おい、みんな、温泉行くだろ?」
突如立ち上がった隆貴が、妙に楽しそうな顔で俺たちを見回す。
その視線には何かよからぬ企みがあるのが見え見えだ。
「まあ、行くけどさ……お前、何か変なこと考えてるだろ?」
俺が警戒して尋ねると、隆貴は得意げにニヤリと笑った。
「実はさ、露天風呂って男女の仕切りが隣り合ってるらしいんだよ。ここを取ってくれた親父に聞いたから間違いない」
御曹司を羨んだことを撤廃したいくらいバカな発言だったが、その一言で、部屋の空気が一変した。
全員の視線が隆貴に集中する。
教える親父も親父だろ。
「……お前、何が言いたいんだ?」
早田が眉をひそめると隆貴はさらに声を潜めて続けた。
「だから、覗きに行こうって話さ!」
「バカか!」
一番に反応したのは村中君だった。
普段は冷静沈着な彼も、この発言にはさすがに声を荒げる。
「そんなことしてバレたらどうするんだ! 旅館から追い出されるどころか、学校にも報告されるぞ!」
「いやいや、バレなきゃいいんだよ。青春ってのは、こういう時に行動してなんぼだろ?」
隆貴はまるで悪びれる様子もなく、堂々と言い切る。
「お前、正気かよ……」
「でも……ちょっと気になるよな」
俺が呆れて言うと、江上が意外にも小声で呟いた。
「はぁ?」
俺と向井が同時に声を上げるが、江上は頬を掻きながら視線を逸らした。
「いや、だってさ、そんな機会めったにないだろ?」
「……もう、全員バカばっかりだな」
俺は頭を抱えたが、隆貴は勝ち誇ったように立ち上がり、こう宣言した。
「よし決まり! まずは外から攻める!準備して中庭に集合だ!」
そして俺たちは、中庭にこっそりとやって来た。
俺も村中君も渋々やって来たのは、プラスの意味でもマイナスの意味でも万が一を考えてしまうからであろうか。
夜の闇に包まれた中庭は薄暗く、露天風呂からは湯気が立ち上り、かすかに女性たちの笑い声が聞こえる。
「ほら、ここだ。植木があるから絶好のポイントだろ?」
隆貴が指差した先には、確かに高めの植木があり、覗くにはうってつけの位置にある。
「お前、本気でやる気かよ……」
俺が呆れながら尋ねると、隆貴は自信満々に頷いた。
「バレなきゃ問題ないって。これが青春の醍醐味だろ!」
「いや、それは犯罪の入り口だからな?」
村中君が冷静に突っ込むが、隆貴には全く響いていないようだ。
植木に隠れてそっと覗き込もうとしたその瞬間、俺たちは露天風呂から陽菜の声を聞いた。
「わぁ、星がすごく綺麗……!」
全員が一斉に動きを止める。
まさかの展開だ。
露天風呂にいるのは陽菜たちのグループらしい。
「お、おい、これヤバくないか?」
江上が小声で言うと、隆貴は逆に目を輝かせた。
「最高じゃん! ほら、お前らも来いよ!」
「いや、絶対にやめとけ!」
俺と村中君が必死に止めるが、隆貴はもはや突き進む気満々だ。
「なんか、誰かに見られてる気がするんだけど……」
突然、陽菜の声が聞こえた。
「やっぱりバレた!?」
俺たちの心臓は一斉に跳ね上がった。
「ううん、気のせいかな?」
陽菜がそう呟くと、他の女子たちが笑い声を上げる。
もう限界だろう。
俺は全員に小声で指示を出した。
「撤退だ! 今すぐ戻るぞ!」
俺たちは声を殺しながら全力でその場を後にした。
部屋に戻った俺たちは、全員が布団に倒れ込む。
「お前ら、ほんとにバカだな……」
俺が呆れた声を漏らすと、隆貴がヘラヘラと笑った。
「いやー、でもスリルあったよな?」
「お前、本気で反省しろ!」
誰もが一度はバカなことに付き合った自分を反省しつつも、どこか胸の中に高揚感を抱えていた。
とはいえ、覗きなんて馬鹿げた行為に再挑戦するのはさすがに懲りた。そう思っていた……のだが。
「おい、今度は逆に中から攻めるぞ」
「中?」
「なか?」
「中から?」
「あぁ。男風呂から女子風呂を覗くんだ」
言い出したのは、またしても隆貴だった。
俺は即座にため息をつき、布団に倒れ込む。
「お前、さっきの失敗で何も学んでないのか?」
「いやいや、聞けよ。植木とかそういう危ない方法じゃなくてだな、あっちの仕切りって音が漏れやすいんだよ。つまり、姿は見えなくても会話ぐらいは聞けるってわけだ!」
「……音って、それ覗きじゃなくて盗み聞きだろ。それに大して変わらないじゃん」
村中君が呆れた顔で言うが、隆貴は意に介さず笑顔を浮かべる。
「まぁまぁ、さっきのはスリル満点だったけど、これなら安全にスリルを味わえるって寸法さ!」
「お前の安全の定義が狂ってるんだよ!」
「それに、俺たちも温泉に入らないと勿体無いからな」
俺はツッコミを入れつつも、どこか嫌な予感がしていた。
結局、俺たちは村中の提案に流される形で再び温泉へと足を運んでいた。
今度は堂々と男湯に入りつつ、その「作戦」を決行するという形だ。
「ここからなら、仕切り越しに声が聞こえるかもな」
隆貴が露天風呂の隅を指差し、全員を誘導する。
その仕切りの向こう側には、確かに女子風呂があるはずだ。
「お前ら、本気でやるつもりか……」
俺は苦笑しながらも、なぜか足がそちらに向いてしまう。人間の好奇心ってのは恐ろしい。
湯気が立ち込める中、俺たちは仕切りの近くにそっと腰を下ろした。村中が耳を澄ましながら仕切りに近づく。
「おっ、聞こえるぞ!」
隆貴の声に、俺たちは息を飲む。
「何聞こえたんだ?」
江上が小声で尋ねると、隆貴はニヤリと笑ってこう答えた。
「『温泉って肌がつるつるになるよね~』だってさ!」
「……それ、普通の会話じゃねーか」
早田が呆れたように言うが、隆貴は満足げだ。
「いやいや、これからが本番だろ。もっと面白い話が聞けるはずだ!」
「隊長!あんなとこに穴っぽいものがあります!」
早田のその声に反応して、皆彼が指さす方向に目を向ける。
確かにそこには、穴らしきものが見える。
「でかした、早田隊員!」
「どうやって見ましょうか」
穴を覗こうにもその穴は、およそ2mほどの高さにあるため覗くのは容易ではない。
「瀧本隊員!俺を肩車でかつげ!」
「は、はい!」
そうして、瀧本は隆貴を担ぐ。
それはあまりにも不安定で右に左に後ろにふらふらとしている。
上の隆貴は瀧本に指示しているがその指示通りに動かない騎馬にイライラが溜まっている。
「ほら、もっと前だって!」
「は、はい……うわっ」
瀧本は耐えきれずそのまま、見物していた俺たちの方に倒れてきた。
「うわっ」
その瞬間、仕切り越しに女性たちの声が一斉に高まった。
「えっ、今何か音がしなかった?」
「うそ、誰かいるんじゃないの?」
俺たちは一斉に顔を見合わせる。
バレたのか!?
「おい、隆貴、撤収だ!」
俺が声を潜めて叫ぶと、隆貴は慌てて湯船に戻る。
「やばい、やばい!」
全員が湯船の中で緊張した面持ちのまま、無言でやり過ごす。
その時だった。仕切りの向こうから、陽菜の声が聞こえてきた。
「え? こっちって男子風呂だよね? なんか怪しい……覗かれてるんじゃない?」
心臓が凍りついた。
「……もう帰ろうぜ」
江上の提案に全員がうなずき、俺たちはそそくさと体を洗い風呂を出ることにした。
部屋に戻ると、全員がぐったりと布団に倒れ込んだ。
「……隆貴、お前は本当に懲りないな」
俺がため息混じりに言うと、隆貴は照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「いやー、青春ってのは挑戦だろ? 次はもっと完璧にやるから!」
「次はないからな!」
全員の怒号が響く中、隆貴だけはどこか楽しげに笑っていた。
こいつのどこが御曹司なのやら。
――――――――――
この度は数ある作品の中から
「迷子の妹を送り届けた着ぐるみの中の人が俺だと気づいたクラスのマドンナがぐいぐいやって来る」
を読んでいただきありがとうございます!!!!
思い切って書き始めた作品のため、どうなるか分かりませんが頑張って書きたいと思いますので、続きが読みたい!など思った方はぜひ、★やコメント、♥などを付けてくれると嬉しいです。
今後こうなって欲しい、かわいいなどコメントを残してくれると嬉しいです。
皆さんよいお年を。
みっちゃんでした( ´艸`)
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