第63話 修学旅行①-4 移動日

新幹線が函館に近づくにつれて、陽菜は何度も窓の外を覗き込んでいた。

その表情は、子どものように純粋な期待で輝いている。


「ほら輝、海!すっごく広いねぇ!」

「おぉ、本当だ……こうして見ると日本じゃないみたいだな」


海はキラキラと陽の光を反射していて、視線を奪われる。

陽菜は興奮したように写真を撮り始めた。俺も思わずスマホを取り出し、同じようにシャッターを切る。


「輝、さっきから黙ってるけど、緊張してるの?」

「えっ?」


陽菜が俺の顔を覗き込む。近い。

心臓がまたバクバクと跳ね始める。


「いや、別に……ただ景色に見入ってただけだよ」

「ふーん、なんか怪しいなぁ」


陽菜は俺の言葉に納得したのかしてないのか、ニヤニヤ笑いながら窓に視線を戻す。

その様子に俺は苦笑するしかない。

新函館北斗駅に着くと、先生たちがホームで出迎えてくれた。

他の班も次々と到着し、駅構内は学生たちの声で賑わいを増している。


「田原、こっちに集合な!」


先生の声が響く中、俺たちは荷物を抱えて列を作る。

陽菜や菜月、隆貴もすぐ隣に並び、これからの予定を確認しているようだ。


「はい注目~!」


そんな中、先生の声が響き渡る。


「トラブルがあったが一応無事、北海道組全員が無事到着することが出来ました。もともとはこの辺りで自由時間を取っていたんですが、予定を変更し、今からは明日朝から向かう予定だった函館の方に向かうことになります。向こうに到着してホテルにチェックインした後に皆が素早く行動すれば少しの自由時間は取れると思いますので集団行動を乱さないようにしてください。そして、最後にここまで引率の代わりをしてくれた田原と、ホテルの手配をしてくれた向井に拍手!」


俺はそのセリフに驚き、隆貴の方を見るとまるで大スターかのように笑顔で拍手に手を振替していた。

お前は財閥並みの金持ちの御曹司なのか……。

うらやましぃ。


「それでは出発するので1組から順に付いて来てください」


それから、しばらくバスに揺られホテルにてチェックインを済ませた俺たちは自由時間があったため五稜郭へと足を運んだ。

五稜郭に着いた瞬間、陽菜は目を輝かせながら声を上げた。


「すごい!本当に星の形してる!」


俺たちの目の前に広がるのは、教科書や写真でしか見たことのない五稜郭。

星形の外堀がくっきりと見え、広大な敷地の中には緑の芝生が広がっている。

まるで歴史の中にタイムスリップしたような感覚に陥る。


「これ、実際に見ると壮観だなぁ」

「本当にきれい。ここまで手入れされてるなんてすごいね」


隆貴が普段の様子からは似つかない感嘆の声を漏す隣で、菜月は感心の声を漏らす。

陽菜はというと、すでに楽しさを抑えきれない様子で、スマホ片手にあちこち走り回っていた。


「輝!早く来て!こっちの橋、めっちゃ写真映えしそう!」


俺は陽菜に促されて、橋を渡る。

下を覗き込むと、外堀の水が澄んでいて、青空が映り込んでいるのが見える。


「ほら、ここで一緒に写真撮ろうよ!」

「え、俺も?」

「もちろん!旅の思い出だよ!」


陽菜が自撮り棒を取り出し、俺をぐいっと引き寄せる。


「はい、笑って!チーズ!」


陽菜の笑顔の横で、俺はぎこちなくピースをしていたが、彼女のテンションに引きずられて自然と口元が緩む。

その後、展望台に向かう途中、陽菜が急に立ち止まった。


「ねえ、みんなであそこまで競争しない?」

「あそこって……展望台か?」

「うん!せっかく広いし、ただ歩くだけじゃもったいないじゃん!」


まるで修学旅行に来た小学生のようにはしゃいでいる彼女の様子はとても可愛らしく思えた。


「陽菜ちゃん、本当に元気だね。でも、確かに楽しそう」

「じゃあ、負けた人はお土産買うってことで!」


陽菜がにこりと笑いながら提案する。


「それじゃあ、よーいドン!」


陽菜の有無を言わさない掛け声でいきなりスタートの合図が出されたと同時に、俺以外の3人は一斉に走り出した。

俺も遅れながらも走ると、風を切る音、芝生の匂いが心地よく、まるで自分も小学生の頃に戻ったような気分になる。

展望台にたどり着くと、息を切らせながらも全員が笑顔だった。


「やっぱり輝が一番遅かったね!」

「そりゃ、このメンバーならそうだろ」


運動が得意な奴らだけならスタートが遅れたことは致命傷となるのである。

展望台の上からは、五稜郭の全貌が一望できた。

星形の堀や緑の芝生、そして遠くには函館の街並みが広がっている。


「うわ、これすごいな……」


俺が思わず感嘆の声を漏らすと、陽菜が隣で微笑む。


「ね、来てよかったでしょ?」

「……まあ、そうだな」


陽菜が満足げに頷き、風に揺れる髪をそっと手で押さえる。

横顔がなんだか大人びて見えて、俺は思わず目を逸らしてしまった。


「次はどこ行くんだっけ?」


菜月が地図を確認しながら言うと、陽菜が目を輝かせ地図を差しながら話し始める。


「まだまだ楽しめそうだな」


隆貴が笑い、俺たちは再び次の目的地に向かって歩き出した。

北海道旅行は始まったばかり。これからどんな思い出ができるのか、少しだけ期待が膨らむ。

その中で不安も膨らみ始めている俺だった。


――――――――――


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