第59話 誕生日③ エンド

「――奥、行けるか?」

「は、はい」


体をぎこちなく使ってベッドの奥に移動する陽菜と一緒に、俺は枕を彼女の方へ移動させながら布団の中に入る。


「いいんですか?」

「いいよ。俺は大丈夫だから」

「……ありがとうございます」


言いながら、陽菜は枕に頭を預けた。


シングルベッドなため二人で寝られるは寝られる大きさではあるのだが、それでも寝返りを打つのは少々難しい。

そこまで寝相が悪いわけではないと思うから大丈夫だと信じたいが、もし寝相で陽菜に迷惑がかかったらどうしようか。


……よし、ここまで考えられる余裕は出来たな。


一度充電器や何やらと言い訳を使って寝室を出た時は何も考えられなかったが、時間を置いたことによってある程度思考が巡るようになっていた。ただ陽菜が目と鼻の先にいるため、直にまた余裕がなくなっていくだろう。


早く寝てしまうのが得策だ。

寝相で迷惑がかかったときは、その時で考えよう。


「じゃあ、おやすみ」

「お、おやすみなさい」


俺は陽菜にそう言って、背中を向ける。

目を閉じて、必死に睡魔を探すが…どこにも見当たらない。

というよりも、眠気はあるのだが陽菜が後ろで寝ているということを意識しすぎて眠れないのだ。


ベッドからは、陽菜を抱えたときに香ったあの甘い匂いがほんのりと香っていて、どうしても居心地が悪い。

寝よう寝ようと思いながら目を瞑るが、一向に意識が落ちる気配を感じられない。

一体、どうすれば……。


「……輝、まだ起きてる?」


その時、鈴のような可愛らしい声が後ろからかけられる。


「……どうした、眠れないか?」

「いや、その……まだもう少し話してたいな」

「……私、昔ね、あんまり友達がいなかったの」


不意に続けて告げられた言葉に、胸が締め付けられる。


「小さい頃は転校が多かったから。新しい学校に行くたびに、仲良くなれる子を探してたけど、うまく馴染めなくて……。たまに、仲良くなった子がいても、またすぐ引っ越しでお別れになっちゃって。それだけじゃなくて、好きな子を奪ったとか言いがかり言われることもあって……」


陽菜の声がかすかに震えているのに気づいた。

その震えを感じながら、俺は彼女の言葉を聞き続けた。


「最初は頑張ってたんだ。でもね、何度もお別れするうちに怖くなって……どうせまた離れるなら、最初から誰とも仲良くならない方が楽なんじゃないかって思うようになった」


彼女の告白に、俺は胸が痛くなった。

陽菜のいつもの明るい笑顔の裏に、そんな孤独が隠れていたなんて――俺は全然知らなかった。


「それで、高校入ってすぐの時はあんまり話さなかったんだ。誰かと仲良くなっても、またいなくなるんじゃないかって……怖かったから」


その言葉に俺は少しだけ納得する。


「でもね……輝くんと出会って、少しずつ変わったの。輝くんは、私のことをちゃんと見てくれたし、いつも優しくしてくれて……」


陽菜の声が詰まる。


「私……本当に幸せだって思うの。でも……でも怖いの!」


彼女がベッドの中でうずくまるように顔を隠すのが分かった。

小さな嗚咽が漏れる。


「怖いの……こんなに幸せで、こんなに大切だって思える人たちができたのに……もし、またみんなを失ったらって考えると……!」


その言葉に俺は何も答えられずに、ある程度の沈黙が続いた後、後ろで彼女が俺を呼んだ。


「――輝」

「ん?」

「そ、その……背中、借りてもいい?」


その声に、俺は無言を返した。

この期に及んで、まだ俺の心臓を弄ぶか。

彼女にその気はないのだろうが、彼女のその要求は確実に俺の負担になる。

だとするなら……。


「……背中でいいか?」

「えっ?」

「今なら背中に加えて、胸もお貸しすることが出来ますが」

「っ……」


後ろで息を呑む音が聞こえる。

そして、少しの沈黙の後。


「……じゃ、じゃあ、胸を……お借り、したいです」

「……了解」


少しだけ、触れることを許してほしい。

男の性というやつだ。

寝返りを打って、陽菜の方に向く。

すると、彼女はすぐに俺の胸に飛び込んできた。


「……思い出して、怖くなったか?」


陽菜を抱き寄せて頭を撫でながら聞くと、彼女は胸の中でコクっと頷く。


「……いくらでも使ってくれ」

「ありがとう」


彼女も段々慣れてきたのか、さっきまであった体の強張りが消えていく。

拒否するような動きはないから、嫌がられはしていないのだろう。

ふと、俺の頭も心臓も落ち着いていることに気付いた。

……彼女の暖かい温もりが、俺をそうさせているのだろうか。


「……というか、暑くないか?」


気になったが、彼女が返答することはなかった。


「陽菜?」


抱き着きを緩めて胸の中を見ると、そこで彼女は可愛らしい寝息をたてて眠っていた。


「……おやすみ、陽菜」


彼女の無防備とも言える危なっかしく可愛らしい寝姿を見ていると、自然と陽菜の名前が口をついて出た。

ただ、その行いは直に後悔へと変わる。


「おやすみなさい、輝」


胸の中から、そんな声が聞こえてきた。


「ばっ……お前、寝てたんじゃなかったのかよ」


顔を上げて再び抱き締めると、陽菜はクスクスと笑い始めた。

その声が何とも居心地悪い。

やがて笑いが収まったかと思えば、彼女は「輝」と俺を呼んだ。


「な、何だよ」

「ありがとっ!」

「いいえ、楽しんでくれたなら何よりです」

「そうだ。もうすぐ修学旅行あるじゃん?自由行動一緒に回る人決まってなかったら一緒に回ろ」


上目遣いでそんな事頼まれたら断れるわけがない。

それに俺も陽菜と回りたいと思っていたところだし。それで……


「ぜひ。それに、俺は行き先決めた時からそのつもりだったし」

「やったっ!……それじゃあ、おやすみなさい、輝」


俺が陽菜から必死に目を逸していると、彼女は俺の胸に額を当てて再び寝る準備に入った。

そんな彼女を抱き締める力を少し強めて、俺も言った。


「おやすみ、陽菜」



――――――――――


▼咲音の日記▼


――――――――――


今日はお姉ちゃんのおたんじょうびだったけど、お姉ちゃんはお兄ちゃんの家におとまりするって言ってたので、お母さんと2人でおるすばんをしました。

明日お姉ちゃんのおたんじょうびかいはするのでとてもたのしみです。

でも咲音もいつかお兄ちゃんの家にとまりにいきたいです。


おままごとでお母さんにお姉ちゃんのやくをしてもらったけど、とってもじょうずでびっくりしました。


お姉ちゃんとお兄ちゃんにあいたいな……


――――――――――


次回から修学旅行編です。


ついに……!?


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