第57話 誕生日① 夕方
金曜日、陽菜の誕生日当日。
放課後のチャイムが鳴り、教室内がざわつき始める。
生徒たちはそれぞれのバッグを手に、部活や帰宅の準備を始めていた。
「松村さん、今日って誕生日だよね?」
クラスメイトの声が聞こえ、陽菜が少し照れたように「うん」と頷く。
彼女の周りには自然と友達が集まり、誕生日を祝う明るい声が飛び交っていた。
その様子を少し離れた席から眺めていた輝は、何となくタイミングを見計らっていた。
(……よし、今だ)
心の中でつぶやき、輝は席を立つ。
彼女の周りの人が一通り話し終わりいなくなった頃、彼女の近くまで歩み寄り俺は陽菜に声をかけた。
「陽菜、ちょっといい?」
名前で呼ばれた瞬間、陽菜の目が輝を見た。
その顔には少し驚きが混ざっている。
「え?なに?」
「今日の放課後、この前言ってた通り6時くらいにうちに来てね」
その真剣な瞳に、陽菜は少しだけ顔を赤らめながら小さく頷いた。
「それじゃあまた後でね」
「……うん。それじゃあまた後で」
そうして俺は急いで家に帰った。
夕方の沈みかけた微かなオレンジ色の光が、輝の部屋の窓から差し込んでいた。
一通り準備が終わって時計に目を向けると約束の6時になろうとしていた。
「これで大丈夫かな……」
俺はそわそわと部屋を見回し、クッションを整えたソファ、陽菜が好きだと言っていた花柄のペーパーナプキン、彼女がリラックスできるように少しだけ明るさを抑えた間接照明――すべては彼女のためだった。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る音に、俺の心臓は跳ね上がる。
「よし……落ち着け俺」
小声で自分に言い聞かせながら、玄関へ向かう。
ドアを開けると、そこには淡いピンクのワンピースに身を包んだ陽菜が立っていた。
少しだけ頬を赤らめ、手には小さな花束が握られている。
更に、少し大きめのバックを手に持っていた。
「輝くん、お邪魔します。これ……お部屋に合うかなって思って……」
陽菜が差し出した花束は、小さな白いバラとピンクのカーネーションが混ざった可愛らしいアレンジだった。
「ありがとう、陽菜。すごくいい感じだよ」
輝は受け取りながら、陽菜を部屋の中へと招き入れる。彼女が座った瞬間、部屋全体が少しだけ華やいだような気がした。
「わぁ、なんだか落ち着くね」
陽菜は部屋の中を見回しながら微笑んだ。
シンプルだけど居心地の良い空間が広がっている。
「座ってて、すぐごはん準備するから」
輝はキッチンに向かい、手際よく晩ごはんをテーブルに運び始めた。
オムライスにサラダ、そしてコンソメスープ。陽菜が好きそうなメニューを揃えたつもりだった。
「陽菜、誕生日おめでとう!」
「ありがとう!これ……輝くんが作ったの?」
「うん。最近ちょっと練習しててさ。味は保証できないけど……食べてみて」
陽菜はスプーンを手に取り、一口食べた。
そして、笑顔で言った。
「すごく美味しいよ! 輝くん、本当に料理上手なんだね」
その言葉に輝は少し照れたように「まぁ、誕生日だからね」とだけ答えた。
二人は食事をしながら、学校のことや文化祭の準備について話し、笑い合った。
いつもと変わらない陽菜の笑顔に、輝は少しだけホッとしていた。
俺たちはそれから何気ない話題で笑い合った。
学校での出来事や、文化祭の準備中のエピソード。
陽菜の笑顔が輝の視線を引きつけて離さない。
「ごちそうさまでした!とっても美味しかったよ!」
「ありがとう!それじゃあ、陽菜、ちょっと目を瞑ってて」
俺にそう言われ陽菜はワクワクしたような顔で目を閉じる。
俺はそれを確認すると、冷蔵庫に入れていた自作のケーキをテーブルの上に運び、誕生日プレゼントは自分の後ろに隠す。
ライターでケーキのろうそくに火を着け部屋の電気を消す。
「目開けていいよ」
俺の言葉に目を開ける陽菜は「わー!」という声が響く。
「凄い!ケーキだ!」
「ハッピーバースデートゥーユー!ハッピーバースデートゥーユー!ハッピーバースデーディア陽菜~!ハッピーバースデートゥーユー!」
俺の歌声の後陽菜はろうそくの火をふ~っと消した。
俺は「おめでとう~」と言いながら電気をつける。
「わ~美味しそう!これ……輝が作ったの?」
少し形が歪だったためか陽菜がそう尋ねて来たのに俺は素直に頷く。
「上手だね!早く食べよ食べよ!」
そう急かされ俺はお皿に切り分けると陽菜は早速一口食べる。
「ん~!美味し~」
「練習はしたけど、本番はこれが初めてだったから、正直心配だったけど……良かった、喜んでもらえて」
「練習したんだ……すごいね。ありがとう、本当に」
陽菜の目はまっすぐ輝を見つめていた。
その瞳の中に、彼の真剣な思いが映し出されているようで、輝は自然と視線をそらした。
食事を終え、二人はソファに並んで座っていた。
陽菜の手には、先ほど開けたばかりのプレゼントが握られている。
中には小さなキーケースが入っていた。
「カワイィ~!ありがとね輝!大切に使うね!」
陽菜の声は嬉しさで震えている。
「その色とか、陽菜に似合うと思って」
俺がそう言うと陽菜は自分の顔の横にキーケースを持って来て、「どうかな?似合うかな……?」と尋ねてきた。
その姿は俺の心を破壊するには十分なほどだった。
「……す、すごく似合ってるよ、陽菜」
輝の言葉に、陽菜の頬がさらに赤くなる。
二人の間には、一瞬だけ静寂が訪れた。
その後、二人はいつものように自然に話し始めた。
だけど、心のどこかで輝はこの時間が永遠に続いてほしいと思っていた。
「誕生日にこうやって二人で過ごすのって、なんだか不思議な感じだね」
陽菜が笑いながら言ったその言葉に、輝は少しだけ心を締めつけられた。
「不思議……かな?俺は結構いい時間だと思ってるけど」
「うん、私も……」
陽菜の言葉が途中で止まった。
彼女は何か言いたそうに口を開いたが、結局それ以上は何も言わなかった。
その沈黙を埋めるように、窓の外で風が葉を揺らす音が静かに響いていた。
夜が深まり、陽菜が帰る時間が近づいた。
二人並んでソファーに掛けて話し込んでいてついつい時間を忘れてしまっていた。
「そろそろ帰らなくて大丈夫?」
俺がそう尋ねると、陽菜は何故か少し言いよどんだ後、俺の予想のはるか上の答えを出してきた。
「……帰りたくない」
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