第54話 問題1つ目②

雨が激しく降りつける中、俺はふと見覚えのある姿を見つけた。

校舎裏の花壇を手入れしているときに見た、あの小さな後ろ姿と同じだ。


「……陽菜?」


俺が声をかけると、雨に濡れた彼女がブランコの上で顔をゆっくりと上げた。

髪は雨で濡れ、服もびしょ濡れのまま。それでも、彼女は俺のほうをぼんやりと見つめるだけだった。


「お前、何してんだよ……こんな雨の中で」


傘を閉じて近づき、彼女を覗き込むと、濡れた睫毛が震えているのが分かった。

その目に映る俺の顔が、どこか申し訳ないような――いや、寂しげな感情に覆われている気がした。


「……輝?」


掠れた声が、雨音の中でかすかに聞こえた。


「とりあえず、帰ろう。こんなところで雨に打たれてたら、風邪引くぞ」


そう言って手を差し伸べるが、彼女は動こうとしない。


「……放っておいてよ。平気だから」


そんな声を聞いて、俺の胸が妙に痛くなった。

一体、何があったんだ――?


「平気なわけあるか。ほら、立てよ」


多少強引に手を掴み、彼女を立たせる。

彼女の体は驚くほど冷たくて、俺は慌てて自分のジャケットを脱いで彼女に羽織らせた。


「寒いだろ。少しでもマシになるから」

「……ごめんね、こんな迷惑かけて」

「迷惑なわけないだろ」


言葉を振り払うように俺は答えた。

彼女はそんな俺の顔を一瞬だけ見上げ、また視線を落とした。

帰り道、彼女は終始無言だった。

俺も何か話しかけようとしたが、言葉が見つからない。

雨の音だけが二人の間に響いていた。



やっとのことで彼女の家に到着し、俺は傘を畳んで彼女に言った。


「大丈夫か?中でちゃんと温まれよ」

「……ありがとう」


彼女がドアを開けて家に入ろうとした瞬間、足がふらつくのが見えた。


「おい、陽菜!」


慌てて彼女を支えると、熱っぽい体温が俺の腕に伝わる。


「……っ、お前、もう風邪引いてるじゃねえか!」


どうにか彼女をソファに座らせ、水を持ってこようと家の中を見回す。

――彼女の家には誰もいないのか?


「咲音ちゃんは?」

「……咲音はまだ幼稚園」


弱々しく答える彼女の声に、俺は一瞬迷った。

でも、こんな状態で彼女を一人にしておけるわけがない。


「分かった。俺が看病する。いいな?」

「え……そんなの、悪いよ……」

「悪いも何もあるか。お前、倒れるまでほっとけってのか?」


俺はそう言って、勝手にキッチンを借りることにした。

家を見渡すと、冷蔵庫にポカリスエットが見つかったので、それをコップに注ぎ、彼女に渡す。


「これ、飲め。脱水症状になるぞ」

「……ありがとう」


弱々しく飲み始める陽菜を見て、俺は一安心した。


「とりあえず、風呂溜めるから溜まったらすぐに入れ」

「うん」

「咲音ちゃんは何時に行けばいい」

「いいや……。もうそろそろ出ればちょうどいいはず……」


一度は断ろうとした陽菜だったが、俺が許さないことを察知して素直に時間を教えてくれた。

彼女が風呂に入りあがるまでの時間俺は、着替えやタオル、体を冷まさないように毛布を準備したりと慌ただしく動いていた。

何度か来ていたこともあってか大体の物の場所は分かるのは助かる。


「ここに着替えとか全部置いておくから風呂から上がったらすぐに着替えて、布団に入っておくことな!それくらいはできるか?」

「うん」


風呂の中にいる陽菜に聞こえるように大きな声でそう告げると、か細いが確かな返事が聞こえたため俺は咲音ちゃんを迎えに陽菜の家を出た。

普段の元気な彼女を知っている分、こうして横たわる姿を見るのはどうにも胸が締め付けられる。

幼稚園のお迎えを赤の他人が突然行っていいものかと思ったのだが、何故か大歓迎され何事もなく咲音ちゃんを引き取ることが出来た。


「輝お兄ちゃんがお迎えってどうして?」

「ちょっとお姉ちゃんが熱出しちゃったみたいで代わりに来たんだよ」

「お姉ちゃん、体調悪い?」

「大丈夫だとは思うけど、心配だから急いで帰ろっか」

「うん!」


そうして、咲音ちゃんと俺は急いで家に帰ったのだった。

家に帰ると、陽菜は俺が言った通り布団ですやすやと眠っていた。

咲音ちゃんもその姿を見て、一安心したのかお風呂など自分で出来ることは一人で全てやってくれた。

髪はまだ一人で乾かせないらしく、俺が髪を乾かしてあげた。


「一人で寝れるか?」

「咲音、寝れるよ!えらい?」

「えらいえらい!」

「それじゃあ、お兄ちゃんまた明日ね。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ」


咲音ちゃんと別れた俺は、寝ている陽菜に顔を向ける。


「……陽菜、何があったんだよ」


一人ごとのように呟く俺に答える人はいない。

静かな部屋の中、雨音だけが響いている。


「……大丈夫だからな。俺がいるから」


小さく呟いたその言葉は、寝顔の彼女に届いたかは分からない。

ただ、その夜、彼女の隣でずっと見守ることを決めた俺は、彼女がどんなに疲れた心を抱えているのかを初めて知ることになった気がした。



――――――――――


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