第53話 問題1つ目①
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▼松村陽菜視点▼
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月曜日の放課後、校舎の裏手にある花壇の影に私は静かに身を潜めた。
風に揺れる花びらが視界を横切るたびに、遠くで楽しそうに歩く二人の姿がぼやけて見える。
輝と菜月ちゃんが並んで夕陽に染まる帰り道を歩いている。
彼の隣にいるのが私ではなく、転校生の彼女――菜月ちゃんであることが、どうしようもなく心に刺さった。
「……どうして……?」
自分でも無意識に呟いたその声は、静かな風にかき消されてしまった。
輝の顔には、柔らかな笑顔が浮かんでいる。普段から明るく誰にでも優しい彼だけど、あんな風に楽しそうな顔をしているのは、私といるときよりも――
菜月ちゃんが何気なく輝の腕に触れる仕草に、私の体は小さく震えた。彼はそれに驚く様子もなく、自然な笑顔を返している。
心臓が痛い。まるで胸の奥を鷲掴みにされているような痛みが、息をするたびに増していく。
私はずっと彼のことが好きだった。
でも、その気持ちを伝えることなんてできなかった。
ただ、隣にいられるだけで幸せだと思っていた。
彼の笑顔を見ているだけで、それで十分だと思っていたのに。
けれど今、目の前に広がる光景は、そんな私のささやかな幸せを脆くも崩していく。
菜月ちゃんが笑顔で輝に話しかけるたび、輝がそれに応じるたび、私の胸は締め付けられるようだった。
こんな気持ちになるなら、いっそ見なければよかったのに。
「2回目だし……付き合ってるのかな……」
気づけば、夕陽はすっかり沈みかけ、影が長く伸びている。
私はただその場で座り込んだまま、二人の姿が遠ざかるのを見届けるしかなかった。
♦♦♦♦♦
翌朝、目を覚ますと、体が鉛のように重かった。
「……学校、行きたくない……」
昨日の光景が何度も頭の中で再生される。
布団に顔を埋めても、その記憶が消えることはない。
輝と菜月ちゃんが楽しそうに笑い合っている姿、輝の優しい顔……すべてが私の中で繰り返され、胸を締め付ける。
「私、馬鹿みたい……」
泣いても何も変わらないことは分かっている。それでも、瞼の裏に浮かぶ二人の姿を振り払うことはできなかった。
菜月ちゃんが転校してきたときから、彼女が輝と仲良くしているのは知っていた。菜月ちゃんは明るくて可愛くて、誰にでも好かれる女の子だ。輝と仲良くなるのも時間の問題だっただろう。
それでも、私は自分に言い聞かせていた。「きっと普通の友達としての関係だ」と。
でも、昨日の光景がその言い訳を無惨に壊してしまった。
――輝は菜月ちゃんが好きなんだ。
その事実を認めるたびに、胸が痛くてたまらない。
家の中に閉じこもっていても、何も変わらないことくらい分かっている。
意を決して、私は外に出ることにした。傘を持たず、ただ無心で歩き出す。
空は灰色の雲で覆われ、湿った空気が肌にまとわりつく。雨の匂いが漂い、ぽつり、ぽつりと雫が頬に触れた。
「……雨。まぁ、いいや」
どこに行く当てもない。ただ、家にいると窒息しそうだった。
気づけば、足は近所の公園へ向かっていた。小さな遊具が並ぶその場所は、いつも子供たちの笑い声で賑わっているはずだったが、今日は誰もいなかった。
私はブランコに腰を下ろし、軽く体を揺らした。軋む音が静けさの中で響く。それが妙に心地よかった。
雨は次第に本降りになり、服はずぶ濡れになっていく。冷たい水が髪を伝い、頬を滑り落ちる感覚をぼんやりと感じるだけだった。
「どうして……こんなに……苦しいの……」
呟いた声は雨音にかき消され、私自身にすら届かない。
冷えた手を膝に置き、指を絡ませる。寒さは体の芯まで染み込んでいるはずなのに、なぜかそれが気にならなかった。
ただ、雨が降り続ける音に身を委ねる。
何故か私は目元を拭う。
雨粒が地面に当たるリズムが、心を麻痺させていく。
このまま雨に流されてしまえたら楽なのに、と思った。
それでも、誰かがこの場所に来て、私を見つけてくれるかもしれないという期待も、心のどこかにあったのかもしれない。
雨の中、私はただ、無心で揺れ続けるブランコに身を任せていた。
そんな中聞き覚えのある声が雨音の中から響いてきた。
「……陽菜?」
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そしてこんな重たい話の最後に私事ですが、誕生日を迎えました。
引き続き頑張って行きたいと思いますのでよろしくお願いします(^_-)-☆
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