第52話 ストーカー問題

土日休みが終了し、月曜日がやってきた。

俺はいつも通り登校し、既に何人かのクラスメイト達は談笑を始めている中、流れるように自分の席に着く。

そして、まだ休日モードから変わっていない脳が俺を睡眠へと誘うため抗わずに机に突っ伏そうとしたとき、後ろから肩を叩かれた。

振り返ると立っていたのは西原菜月だったが、その顔はいつもより少し暗い気がする。


「おはよう」

「……おはよ」


元気ハツラツな彼女でも月曜日は憂鬱なのだろうかと思いながらも朝の恒例の言葉を発したが、それに返されたのはやはり暗いおはようだった。


「どうした?元気なさそうだけど」


俺がそう尋ねると、彼女は少し顔をあげて「聞いてくれるの?」と言わんばかりの目で俺を見返してきた。

聞いて欲しいから俺の肩を叩いてきたんだろうとは口が裂けても言える雰囲気ではなく、誕生日プレゼントを一緒に選んでくれた借りもあるため素直に彼女の話を聞くことにした。


「なんか困ってるなら話聞くぞ」


俺はそう言って、自分の椅子を彼女に譲ってやり横で話を聞く体制をとる。

彼女がぽつぽつと話し始めるまで、ほんの少しの沈黙が流れた。


「私、放課後帰り道を付けられてる気がするんだ」


思っていた以上に深刻な話だった。

そんな話だと思っていなかった俺は、緊張で背筋が伸びた。


「つけられてるって、まさか……ストーカーか?」

「……うん、たぶん。確信に変わったのは今月になってからなんだけど、多分それより前からずっと……」


ストーカーという言葉を口にするのも怖いのか、菜月の声は小さく震えている。


「俺より親とか先生とか、事がことなら警察に行った方がいいんじゃないのか?」

「うん。そうなんだけど、私の勘違いかもしれないし、特に私が何かされたって訳じゃないから警察とかも対応してくれないってネットに書いてあったし……」

「そっか……」


確かに、被害がなければ警察は動きづらいかもしれないが、状況が状況だけに彼女が一人で抱えるべき問題じゃない。


「今日って月曜日じゃん?」

「そうだな」

「つけられるのは決まって月曜と木曜なんだよ」

「だから、今日暗い顔してたのか」

「うん」

「それでなんだけど、今日の放課後付き合ってくれない?」

「いいけど、何するんだ?」

「今日の放課後、私と出かけてくれない?私に男がいるって分かれば諦めてくれるかもしれないし」


菜月の瞳がこちらを見つめる。普段の明るい彼女とは打って変わった真剣な表情だ。

予想外の提案に、俺は一瞬だけ言葉を失ったが、すぐにうなずいた。


「分かった」



♦♦♦♦♦



放課後、菜月と二人で学校を出た。

いつもは気にしたこともない帰り道の風景が、今日は違って見える。

彼女が感じていた恐怖が、少しずつ俺にも伝染してくるようだった。


「どこに行く?」


俺が尋ねると、菜月は少し考えた後でこう答えた。


「駅前のカフェに行こう。人が多い方が安心だし」


確かにそれは合理的だ。

俺たちは駅前に向かいながら、あえて普通に会話をした。

二人で仲良さそうにしているところを誰かに見せつける、そんな作戦だ。


そうこうしているうちに目的のカフェに到着した。

駅前のカフェは、学校帰りの学生や会社帰りの社会人で賑わっていた。

菜月はショーケースをじっと見つめながら、「何にしようかな」と楽しそうに悩んでいる。

ついさっきまで暗い顔をしていた彼女が少しだけリラックスしているのを見て、俺も少しだけ肩の力を抜いた。


「甘いものとか好きなのか?」

「うん、ケーキとか見ると元気になるんだよね!」


明るい笑顔を見せる菜月に、俺もつられて微笑んでしまう。

この場にいると、まるで普通の放課後デートをしているような気さえしてくる。


「輝は何にするか決めた?」

「俺はコーヒーでいいや」

「え~、せっかくならケーキ食べなよ。私はどーしよっかな~」

「じゃあ、好きなもの頼んでいいぞ。今日の分は俺が出すから」

「えっ、本当に!?ありがとう!じゃあ遠慮なく……」


菜月はチーズケーキを注文し、俺も適当にコーヒーを頼む。

会計を済ませて席につくと、彼女は嬉しそうにケーキを一口食べた。


「美味しい!やっぱりここにして正解だったね!」

「お前、意外と無邪気だな。」

「意外と、は余計だよ!」


そんな軽口を叩きながら、俺たちはカフェで時間を過ごした。

周囲の人たちがこちらを見ている気がして、作戦通りだと思う反面、少し気恥ずかしかった。


「なんだかホントにデートしてるみたいだね」


彼女が突然そんなことを言いだして、俺は驚きのあまり菜月の方を見る。


「……分かってるって。輝には陽菜ちゃんがいるもんね。冗談冗談」


そう言って笑いながらケーキを頬張る彼女の顔はまた少し暗くなったと思うのは気のせいだろうか。





「そろそろ帰るか。」


時計を見て声をかけると、菜月は少し不安そうに頷いた。

楽しい時間が過ぎても、彼女の恐怖が完全に消えるわけではない。

カフェを出てしばらく歩くと、菜月が小さな声で呟いた。


「……なんか、後ろにいる気がする」


俺は咄嗟に振り返らなかった。

ストーカーは、自分が気づかれていると察すると逃げる可能性があるからだ。


「どんな感じだ?男か女か分かるか?」

「男だと思う。背広っぽい服で、髪は短くて……あ、やっぱりついてきてる。」


菜月の声が震える。

俺は彼女の手を取って人通りの多い道に入った。


「大丈夫。俺がいるから、落ち着け」


手を握ると、菜月は少しだけ安心したように頷いた。

俺たちは駅の近くまで歩いてきた。

ここなら万が一の時にも駅員や人が助けてくれるだろう。

俺は意を決して菜月に言った。


「ここで待ってろ。俺が話をつけてくる。」

「えっ!?でも……危ないよ!」

「大丈夫だ。ここは人も多いし、何かあったらすぐに助けを呼べる。」


俺は菜月に強がりを見せることで彼女を安心させ、そっと男の方に向き直った。


「おい、ちょっといいか?」


声をかけると、男はピクリと動きを止めた。

俺の視線が鋭く男を捉えたのを感じたのか、明らかに動揺している。


「さっきからついてきてるよな?何のつもりだ?」


俺の言葉に、男は一瞬視線を彷徨わせた後で、低い声で答えた。


「……別に、そんなつもりじゃ……」

「だったら今すぐどっか行け。俺たちに近づくな。それでも続けるなら……分かってるよな?」


自分でも思った以上に冷たい声が出た。

男はしばらく俺と視線を交わした後、何かを諦めたように踵を返して去っていった。


「行ったみたいだし、もうこれ以上はストーカーされないだろうよ」


俺が戻ると、菜月はほっとした表情を浮かべながらも、まだ少し怯えているようだった。


「ありがとう、本当にありがとう……」


菜月は俺の腕をぎゅっと掴み、そのまましばらく離れなかった。


「まあ、また何かあったらちゃんと相談しろよ。俺以外にも、大人とか先生とか、頼れる人いっぱいいるんだから」

「うん、分かった。……でも、今日一緒にいてくれて本当に良かった」


その言葉と笑顔を見て、俺は自然と「まあ、これくらいはな」と返していた。

そうして、俺は菜月を家まで送り届けて、ストーカー問題は解決した。


しかし新たな問題が浮かびあがったのを輝はまだ知らない。


――――――――――


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