第47話 文化祭②-6 終
体育館を出た俺達は、咲音ちゃんの元気な声と共に歩き始めた。
「輝お兄ちゃん、すっごかったよ!ねえねえ、もう一回やってよ!」
咲音ちゃんが俺の袖を引っ張りながら言う。
ライブの余韻がまだ残っているのか、いつも以上にテンションが高い。
「もう一回って、簡単に言うなよ。俺たち何日も練習してたんだぞ」
そう言って軽く咲音ちゃんの頭をぽんと叩く。彼女はむしろ嬉しそうに笑った。
その隣には陽菜がいる。俺たちの会話を聞きながら静かに微笑んでいるけど、どこか上の空だ。
彼女の顔をちらりと見ると、視線が合う。彼女は一瞬驚いたような表情をしたけれど、すぐに目をそらした。
俺たちはそのまま屋台が並ぶテントエリアに向かった。道中、咲音ちゃんが陽菜の手を引っ張りながら進んでいく。陽菜は楽しそうにしている咲音ちゃんを見ているけど、時折深く息をつくのが気になった。
チーズハットグの屋台に着くと、行列ができていた。
咲音ちゃんは「早く食べたい!」とせがむが、俺は軽く肩をすくめて列に並んだ。
「まあまあ、これも楽しみのうちだろ」
「でもお腹すいたよ~!」
咲音ちゃんは子供らしくぐずり始める。
陽菜が「少しの我慢だよ」となだめる姿は、まるで母親みたいだった。
やっと順番が来て、俺はチーズハットグを3つ注文する。
揚げたてのハットグが渡されると、咲音ちゃんは「わーい!」と声を上げて両手を伸ばした。
「ほら、これ咲音ちゃんの分ね」
「やったー!ありがと、お兄ちゃん!」
陽菜にもハットグを渡すと、彼女は微笑みながら小さく「ありがとう」と言った。
その笑顔には少し明るさが戻ってきていた気がしたので少し安心した。
咲音ちゃんは一口食べて「チーズが伸びる~!」と笑いながら騒ぎ立てる。
「お兄ちゃん!写真写真!写真撮って!」
そう言われスマホのカメラで画面いっぱいにチーズを伸ばした咲音ちゃんの写真を撮る。
チーズにキャッキャウフフな咲音ちゃんを横目に俺は目線を陽菜の方に移すと、彼女は2つのチーズハットグを両手で隣同士に並べて持ち、しばらく悩んだかと思うと2つ同時にかぶりついた。
口からチーズハットグを放すとそれに付いてチーズも伸びていく。
まるでどこかのアメコミヒーロのように。
そんな姿を見て俺は思わずさっき咲音ちゃんをとるために起動していたカメラを陽菜に向けシャッターを切った。
「あっ!」
「それはどういう食べ方だよ。誰かに見られたら噂されるぞ」
俺がからかうと、陽菜は頬を赤らめながら慌ててチーズを引きちぎり、口の中に押し込んだ。
「だ、だって……どっちも美味しそうで迷ったから!」
照れ隠しにそう言いながら、陽菜はちょっとムッとした顔を見せるが、それも可愛らしい。
隣の咲音ちゃんは陽菜の姿を見て大爆笑している。
「お姉ちゃん、すごいね!陽菜お姉ちゃん、もっとやって!」
「もうやらないよ!恥ずかしいから!輝も写真消して!」
「嫌なこった」
「消してってば!」
そう言う陽菜の口元にはうっすら笑みが浮かんでいる。
◆
ハットグを食べ終わると、咲音ちゃんは「後夜祭も一緒に行きたい!」と言い出した。
日も暮れ始めて良い子は寝る時間ですよと言う親も出てきそうだが、俺は少しくらいは良いと思う。
「じゃあ、行くか」
俺がそう答えると、陽菜は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷いた。
後夜祭の会場はグラウンドだった。
中央には大きな焚き火が用意され、その周りを囲むように椅子やテーブルが並べられている。
ステージでは別の有志企画が行われていて、軽快な音楽が流れていた。
咲音ちゃんは大きな焚き火に目を輝かせて、「すごい!おっきいね!」と駆け出していく。
「おい、走るなよ!」
後夜祭のメインイベントは「ペアダンス」。
焚き火を囲むように敷かれた広場に、アナウンスが響き渡る。
「さて、これからペアダンスの時間です!皆さん、好きな人や友達とペアになって踊ってください!」
この瞬間、周囲の空気が少し変わった。会場全体がざわつき、特にペアになる相手を探している男女がそわそわしているのがわかる。
俺は咲音ちゃんの姿を探した。彼女は同年代の女の子を見つけたのか、その子の親の元で楽しそうに焚き火のそばで笑いながら手をつないでいる。
これなら安心だ。
だが、横を見ると陽菜が少し困ったように立ち尽くしているのが目に入った。
「陽菜、ペアダンス……踊るか?」
不意に言葉が口をついて出た。自分でも驚くほど自然な声だった。
陽菜は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに顔を赤くしてうつむいた。
「えっ……私でいいの?」
「なんでそんなこと言うんだよ。いいに決まってんじゃん」
冗談混じりに言ったつもりだったが、陽菜は恥ずかしそうに頷いた。
「じゃあ……お願いします」
俺は手を差し出し、陽菜が恐る恐るその手を取る。
焚き火の周りでは、すでに多くのカップルが踊り始めている。軽快な音楽が流れる中、俺たちは少し離れた場所に立った。
「ダンスなんてやったことないんだけど……」
陽菜は少し不安そうに笑う。
「俺も初めてだよ。でも、大丈夫だろ」
軽く手を引いてみると、彼女は少しぎこちなく足を動かし始めた。
お互いの動きが合わなくて、何度も笑ってしまう。
「意外と難しいな」
「本当だね……でも、なんだか楽しい」
陽菜の笑顔は、さっきまでとは違って自然だった。
ほんの少しずつだけど、俺たちのステップが音楽に合い始める。焚き火の暖かい光が、彼女の顔をほんのり赤く照らしていた。
曲がスローなバラードに変わると、陽菜は一瞬足を止めた。
「こういうの、ちょっと恥ずかしいね」
「そうか?こういうのも悪くないだろ」
俺は軽く肩をすくめて言ったが、陽菜は視線を逸らしてうつむいていた。
「……ありがとうね、輝くん」
「なんで?」
「その……ダンス誘ってくれて。嬉しかった」
陽菜の声は小さくて、風に消えそうだった。
でも、その言葉が俺の胸の中にじんわりと染み込んでいく。
「別に気にするなよ。俺が踊りたかっただけだ」
「そう……なんだ」
そう言いながら、陽菜は少しだけ笑った。その笑顔がどこか切なくて、俺は何も言えなくなる。
曲が終わり、拍手が沸き起こる中、俺たちは手を離した。陽菜は少し名残惜しそうに手を見つめていたが、すぐに顔を上げた。
そして、次の曲が始まる前に、俺は彼女に声をかけた。
「なあ、もう一曲付き合ってくれないか?」
陽菜は驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んだ。
「……うん。喜んで」
俺たちは再び手を取り、音楽に身を委ねる。
焚き火の光の中、少しだけ彼女との距離が近くなった気がした。
その後は咲音ちゃんと合流し、何事もなく家に帰った。
――――――――――
▼咲音の日記▼
※裏話あり
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今日は、お姉ちゃんとお兄ちゃんの学校のぶんかさいに行きました。
なぞときをはじめにやって、むずかしかったけどたのしかったです。
またやりたいなと思いました。
お兄ちゃんはピアノをじょうずに引けていて、たいいくかんのみんなが楽しくジャンプしたり、手びょうししたりすごかったし、カッコよかったです。
お兄ちゃんが買ってくれたチーズハドッグ?もチーズがびよーんとのびておいしかったです。
お姉ちゃんとはネコさんとかイヌさんのお耳をつけるお店でジュースを飲みました。
ネコのお耳をつけたお姉ちゃんはとっても可愛かったです。
でも、シャシンを撮ったらおこられて消されちゃいました(´;ω;`)
また、みんなでぶんかさいに行きたいです。
※咲音ちゃんの幼稚園の先生になったつもりで、返信をコメント欄に書いてね!
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長い長い文化祭、最後までお読みいただきありがとうございます。
次章は「日常回」、次々章は「修学旅行回」を予定しております。
お楽しみに✌('ω'✌ )三
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