第39話 文化祭①-1 元カノ

文化祭1日目。


問題だったカフェのメニューは全て買ってきたものをさらに盛り付けし直すことで、食品安全に関しては考慮することにして、飲み物に少しデコレーションをすることでオリジナルのカフェ感を出すことに行きついた。


いつもとは違う喧騒が校内に響き渡る中、俺はタキシード姿で接客に奮闘していた。

陽菜やクラスメイトたちと一緒に準備したこのカフェは、思った以上に人気で、ひっきりなしに客が訪れてくる。


隆貴のホテルで学んだ接客で「いらっしゃいませ。お席にご案内いたします」と、ビジネススマイルを浮かべながら、俺は注文を受けたり、テーブルの片付けをしたりと忙しなく動いていた。

普段とは違う、自分がまるで本物のホテルスタッフになったような感覚に少し誇らしさを感じる。

タキシードを着た生徒の姿に、クラスメイトや来場者たちが軽い歓声を上げるのを横目で見ながら、陽菜が教えてくれた接客術を思い出しつつ、冷静に業務をこなしていた。

しかし、そのときだった。


「こんにちは、久しぶりね」


背後から聞こえた、聞き覚えのある声に一瞬体が固まる。

まさか――いや、そんなはずはないと思いながら振り返ると、そこにいたのは、有村唯だった。


「唯……」


名前を口にすると、彼女は微笑んだまま軽く頭を下げる。

その仕草が昔と変わらず、胸に微かな痛みが走る。

唯は俺の元カノであり、かつては何でも話し合える存在だった。

体育祭の時にもさらに彼女には伝えたはずだが…‥。


「文化祭の噂を聞いてね。立ち寄ってみたんだけど、驚いた。まさか本当に輝がタキシード姿で接客してるなんてね」


唯は楽しそうにそう言いながら、俺の姿をじっと見つめる。

彼女の瞳は相変わらず綺麗で、まるで全てを見透かすような目をしている。

久しぶりに見るその姿に、言葉を失いそうになるが、ここは仕事中だ。

俺は動揺を隠し、できるだけ冷静に対応しようと努める。


「いらっしゃいませ。有村さん。お席にご案内しますね」


自然な笑顔を作り、陽菜から教わったプロの接客を思い出しながら声をかける。

しかし、その表情の裏で、昔の思い出が次々とよみがえってくる。

が、今は文化祭での接客に集中しなければならない。


「ありがとう。でも、あなたがそんな風に接客するなんて、少し変だね」


唯は席につきながら、目を細めて微笑む。まるで俺をからかうようなその表情に、どう返せばいいのか分からない。


「俺だって、少しは成長したってことかな」

「そうなのかね。でも、接客姿のあなたを見られるなんて思ってなかったから、ちょっと新鮮」


唯のその言葉に、一瞬胸が締め付けられる感覚があった。

昔の感情が残っているのか、それとも単なる懐かしさなのか、自分でも分からなかった。

ただ、こうして再会していること自体が少し不思議に感じられる。

体育祭で伝えたからもうそのきは無いはずだと決めつけ、「ご注文はお決まりですか?」と、何とか仕事に戻ろうと気を引き締めて聞くと、唯は軽く首をかしげて、「そうね。おすすめをお願い」と言った。


「では、チーズケーキはいかがでしょうか」

「じゃあそれを」

「了解。少し待っててくれ」


俺はそう答えて厨房に向かう。心の中で自分を落ち着かせながら、注文を準備する。

厨房の中で、陽菜が俺の様子を気にしているのが分かった。

彼女は俺が唯と話していたのを見て、何か感じ取ったのかもしれない。

「輝君、大丈夫?」と陽菜が声をかけてくる。その優しい瞳に俺は少し救われた気がした。


「うん、大丈夫。ちょっとね」


無理やり笑顔を作って答えるが、陽菜は少し眉をひそめたままだった。陽菜の勘は鋭い。

彼女にだけは何も隠せないような気がする。

注文を用意して席に戻ると、唯はその間も俺のことを見つめ続けていた。


「輝、昔と変わらないね。でも、今は少し大人になった感じがするわ」


唐突に彼女が言い、俺はまた戸惑った。何を返せばいいのか分からないまま、「そうかもな」と、曖昧に返事をして、ただ仕事に集中しようとする。

そのとき、再び声が聞こえた。


「ねぇ、輝……もし、もう一度やり直せるとしたら、どうする?」


唯が静かに、でも真剣な顔で俺を見つめて言った。その言葉に一瞬心臓が止まりそうになった。


「それって……どういう意味だ?」


問い返すと、唯は小さく笑い始めた。


「嘘嘘。別に、ただの冗談よ。そんなに私は女々しくないよ」


そのまま彼女は軽く手を振って、「また来るわね」と言い残し、店を後にした。

彼女が去った後も、俺の心には何か重たいものが残っていた。

「輝君……大丈夫?」と、再び陽菜がそっと肩に手を置いて声をかけてくれる。

その優しさに、ようやく少し心が和らいだ。


「ありがとう、陽菜。ちょっとびっくりしただけだ」と、俺は彼女に感謝しつつ、また接客に戻ることにした。

そんな俺を静かにしかし、少し険しい顔で見る陽菜の姿に気付くことは無かったが、それからは何事もなく接客をこなしていった俺だった。


――――――――――


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