第38話 ユウベルホテル向井② boys
体育祭が終わった後のとある休日の朝。
俺はクラスメイト数人ととあるホテルに来ていた。
「ここか?向井君のところのホテルって」
「デカくね?」
「でも、ユウベルホテル向井ってあるし合ってるんじゃない?」
目の前に佇むホテルは、一際目を引く存在感を放っていた。
高くそして大きな建物は、古さと新しさが絶妙に融合したデザインで、外壁には趣のある模様が施されていた。
うちの学校の校舎もこのくらい綺麗だったらいいのになとか思いながら、そのホテルの全てににあっけにとられながらも俺達はホテル内に足を踏み入れた。
「「「いらっしゃいませ!」」」
「おい、なんかすげぇな…俺ら普通の高校生だよな?」
クラスメイトの一人が小声で呟き、他の連中も同意するように頷いた。
思わず足を止めてしまうほど、統率のとれた挨拶が響く。
一糸乱れぬ動作でお辞儀をし、まるでVIPでも来たかのような対応をしてくれたホテルのスタッフ……。
「陽菜!?それに西原も」
陽菜がタキシードのジャケットをきちんと着こなし、シャツとネクタイも完璧に決めている。スカートもなく、スリムなパンツスタイルで、品のあるシルエットが彼女の美しさを一層引き立てていた。ジャケットの肩がシャープに決まり、ネクタイの結び目がきちんと整えられている。彼女の長い髪は、シンプルにまとめられ、全体のコーディネートが完璧だ。見ているだけで、まるで映画のワンシーンに出てきそうな美しさを感じる。
そんな彼女に見惚れていると、隆貴がやって来た。
「どうかな?朝から色々叩き込んだ彼女たちは。お前らも今からこれと同じくらいになってもらうからな」
「それじゃあ、タキシードの採寸は私、西原菜月が努めます!」
そんな彼女に連れられて俺たちは別室に連れていかれる。
西原はにっこりと微笑みながら、メジャーを手に取ると、俺たちはそれぞれ順番に呼ばれ、採寸台に立つことになっていた。
「まずは、肩幅から測らせていただきます」
西原はメジャーを慎重に肩にあてがい、サイズを確認していく。
「おお、肩幅がしっかりしてるね。すごく頼もしい体格だよ」
西原は目を輝かせて、褒めるように言った。
なんだかものすごく照れくさい。
「次は胸囲ね」
メジャーが胸の周りを一周し、数字が確認される。
「うわぁ、輝君は良い体してるね~。これならタキシードもぴったりだね」
西原はまるでプロの服飾デザイナーのように、採寸するたびに体を褒めてくれた。
そう言って手で俺の体に触れてこようとしたとき、陽菜が怒号を飛ばして来たが、何にもなかったかのようにまた黙ってしまった。他のクラスメイトたちも、ちょっとした自信を持ちながら、順番に採寸されていった。
タキシードの採寸が終わり、いよいよ接客練習の時間がやってきた。陽菜が自らの手で準備したスタジオには、いくつかのテーブルと椅子が配置されており、雰囲気はまるで高級レストランのようだった。
「さあ、接客練習を始めようね。輝君、まずは立っている姿勢から見直してみようか」
どうやら接客練習はマンツーマンらしく俺の前には陽菜が立っていた。
そういう彼女の笑顔には、自信と優しさが溢れており、自然と心が落ち着く。
俺は緊張しながら立ち上がると陽菜の指示に従って、まずは姿勢を正し、微笑みを浮かべる。
「まず、スマイルだね。お客さんにとっては、この笑顔が第一印象になるから大事なんだよ」
陽菜が説明しながら、鏡の前に立ってビジネススマイルを見せてくれるその笑顔は、プロの接客業者のように自然で、見ているだけで安心感を覚える。そして可愛い。
「それじゃあ、輝もやってみて」と言われ僕は鏡を見ながら、陽菜のような笑顔を作ろうとするが、どうしてもぎこちなくなってしまう。
「どうしても笑顔が固いね。リラックスして、楽しむ気持ちを持つといいよ」
それから何とか一通り接客練習を終え、満身創痍な男どもとにこやかな女子たちが集められる。
「じゃあ、実際の接客を模擬してみよう。俺がお客さん役をするから、注文を取るつもりでやってみてね。まぁ、軽い試験みたいなものだ。とりあえず店の名前はカフェ向井で」
隆貴が軽く笑いながら言った通り、模擬テストが始まると、緊張感が漂うスタジオの雰囲気が一層引き締まった。
隆貴が「お客さん役」をすることになり、陽菜は僕の隣に立って、親切にアドバイスをしてくれる。
「輝、まずはお客さんが入店したときの挨拶から始めてみよう。焦らずに、しっかりと目を見て、自信を持って」
僕は深呼吸をしてから、隆貴の方に向き直る。
隆貴が「お客様役」として部屋に入って来る、期待の目で見つめている。
陽菜が見守る中、僕は一歩前に進む。
「いらっしゃいませ!カフェ向井へようこそ。こちらが本日のメニューです。ご注文はお決まりですか?」
一瞬の静寂の後、隆貴が「うーん、じゃあ、おすすめの料理を教えてくれる?」と尋ねる。
その言葉に、僕は少し焦りながらも陽菜がさっき教えてくれたアドバイスを思い出しながら答えようとする。
「はい、おすすめは…おススメは季節のシェフ特製コースです。新鮮な食材を使っており、見た目にも美しく仕上げられています」
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」
テストが終わり、陽菜が「良かったよ、輝君。今日は本当にお疲れ様」と言いながら、優しく肩を叩いてくれる。
その言葉と共に、彼女の温かい手のひらが僕の肩に触れると、心から安心する。
「ありがとう、陽菜。君のおかげで、なんとかできたよ」
「輝、合格だ。次の人行くよ!」
そうして他の人達もテストを行われていく。
何度も何度もダメ出しを食らう人もいれば、一回で成功する人もいてへとへとになりながらも接客のテストは無事終わった。
「よし、今日はよく頑張った。それじゃあ約束通り…‥」
そう言って隆貴は女子に一つ、男子に一つカギを渡してきた。
何の事かという男子と、ワクワクの女子たちに隆貴は加えて説明してくる。
「今日はここのホテルに泊まっていいぞ。お疲れさま」
「え?!」
「うそ!?いいのか!?」
「ああ、もちろん。わざわざ休日に来てもらったわけだし。本当の接客を見るのもいい勉強になるだろうからな」
そんな予想だにしなかったサプライズに俺たちは疲れなんか吹っ飛んでテンションマックスで部屋に向かったのだった。
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