第37話 ユウベルホテル向井① girls

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▼松村陽菜視点▼


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体育祭が終わった後のとある休日の朝。

私は西原さんを含めたクラスメイトの女の子数人ととあるホテルに来ていた。


「ここかな、向井君のところのホテルって」

「うん、多分。場所はあってると思うけど……」

「思ってたより大きいね」


目の前に佇むホテルは、一際目を引く存在感を放っていた。

高くそびえる建物は、古さと新しさが絶妙に融合したデザインで、外壁には趣のある模様が施されている。

ユウベルホテル向井と刻まれた大きな看板が、威厳を感じさせつつも、どこか柔らかな雰囲気を漂わせ、訪れる者に非日常の時間を約束するようにそびえ立っている。街の喧騒がすぐそばにあるはずなのに、ここだけ時間がゆっくりと流れているような感覚に包まれ、ホテル全体がまるで絵画のように美しいシルエットを描いていた。

そんなホテルにあっけにとられながらも私たちはホテル内に足を踏み入れた。


「ようこそユウベルホテル向井へ」


すぐにそんなまるでVIPのようなお出迎えを受けて私たちは少し硬直していると、奥の方から見知った姿が歩いてきた。


「お~、おはよ。わざわざ来てもらって悪いね~」


いつもとは違いピシッと決めた格好で出来るホテルマンのように見える向井君が来て、クラスメイト達は少しざわめく。


「今日は文化祭のタキシードの採寸と接客を教えるために来てもらった。男どもの集合時間はずらしてある。お前らもあいつらに聞かれる可能性があるのは嫌かと思ってね」


「向井君ってもしかしてできる男?」

「こんな大きいホテルの息子って」


「それと、明日まで予定を開けて貰ってると思うけど大丈夫か?」


向井君の問いに私たちは目を合わせながらも頷く。

採寸と接客練習をするくらいで明日までかかるのだろうかという私たちの疑問はすぐに答えられた。


「今日接客練習をみんなが終えたらこのホテルの部屋を取ってるから、ゆっくりしてってくれ」

「え?!」

「うそ!?いいの!?」

「ああ、もちろん。わざわざ休日に来てもらったわけだし。本当の接客を見るのもいい勉強になるだろうからな」


そんな予想もしていなかったサプライズの言葉に女子たちがと騒ぐ中、早速タキシードの採寸に向かった。

採寸してくれるのはもちろん女の方だった。

採寸が進んでいく中、少しずつ場の緊張もほぐれてきて、女子たちの間には自然と笑いが溢れるようになってきた。


「ねえねえ、タキシードってさ、やっぱりぴったりサイズじゃないとカッコ悪いよね?」

「そうだね」

「ちょっとでも大きすぎたりしたら変だもん」

「でもさ、おしりと胸のサイズ測るのってちょっと恥ずかしくない?」

「わかる! なんか…自分のおしりってそんなに意識したことないしさ」


そんな風に女子だけしかいないから女子トークが激しく繰り広げられていく。


「でも、タキシードってピシッとした感じだから、やっぱりおしりのラインとかも重要なんだよね。変に大きいと目立っちゃうかも……」

「大丈夫だって! みんなちゃんとスタイルいいし、気にしすぎだよ」

「陽菜に言われてもね~……」

「嫌みにしか聞こえな~い」

「 私、ちょっとコンプレックスなんだけど……」


そんな会話が繰り広げられながらも無事採寸を終らせて、ピッタリのタキシードに着替えて今度は接客の勉強に向かった。

少し広い部屋に向かうと向井君が待っていた。

さっきまでの彼の雰囲気とは違い、まるでプロのホテルマンのように凛とした表情だ。

そんな姿に少し驚きつつも、私たちは緊張感を高めた。


「じゃあ、次は接客練習だ。接客の基本から教えるけど、今日はちょっと厳しくやるから覚悟しておけよ。これから来る問題児だらけの男軍団に教えてもらうことになるだろうし、文化祭当日で恥をかきたくないなら、しっかりやらないとな」


彼のその言葉に、私たちは背筋を伸ばした。


「まず、お客様が入ってきたときの挨拶な。しっかりお辞儀して、『いらっしゃいませ』って言う。これ、簡単そうに見えるけど、姿勢と声のトーンが重要だぞ」


向井君は実際にお手本を見せてくれる。

背筋をピンと伸ばし、適度に腰を折って、丁寧かつ響く声で「いらっしゃいませ」と言う。

その動作に同い年とは思えないほどプロの風格を感じた。


「じゃあ、順番にやってみて。まずは斎藤から」


齋藤さんは少し緊張した面持ちで前に出る。

彼女もお辞儀をしながら「い、いらっしゃいませ」と声を出すが、少し小さくて不安げな声。


「声が小さい。それにお辞儀も浅い。もっとしっかりやってみろ。お客様が最初に受ける印象が大事なんだ。もう一回」


齋藤さんは再度挑戦するも、まだぎこちない。

向井君は彼女の姿勢を修正し、具体的にどう体を動かすべきかを細かく指導する。

見ている私たちも背筋がピンと伸びた。

まるでどこかのマナー講師のようだ。


「次、松村」

「はい!」


次に呼ばれた私は、なんとか向井君のお手本通りにやろうとするが、声が思った以上に緊張で震える。


「松村、もっと自信持って。お客様は君たちが笑顔で迎えてくれるのを期待してるんだぞ」


向井君の厳しい指摘に冷や汗が出るが、彼のアドバイスを意識して、もう一度やり直す。

声をしっかり出し、姿勢を意識すると、向井君は少し満足げな表情を見せた。


「そうだ、それなら大丈夫だ。でも、まだ動作が少し硬いな。自然に、だけど礼儀正しく。接客はただの仕事じゃなくて、サービスだから、心を込めることが大事だぞ」


その後も一人ずつ、同じように厳しくチェックされていった。失敗するとすぐに指摘が飛び、再度やり直しを命じられる。クラスメイトたちも向井君の真剣さに応えようと、何度も練習を重ねた。


「接客は完璧を目指すんじゃない。お客様をどう気持ちよく迎えるかが大事だ。それを忘れるな」


最後にそう言って彼は私たちを見渡した。

皆、真剣な眼差しで彼の言葉を胸に刻んでいた。

そうして一通りの接客を学んだ頃、男子たちがホテルにやって来た。


「「「いらっしゃいませ!」」」



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