第34話 体育祭⑤ 借り物競争
そして午後の部が始まり、俺たちの借り物競争の時間がやって来た。
どうやら話によると借り物のお題は通常の物から少し特別なものもあるらしく、俺の前にスタート人たちの中にも何人かはお題を持ってこれずに再開になってしまう人が多数いた。
そんな光景を他人事のように眺めていると「はーい。次の人達ー」と先生が俺達をスタートラインに来る様に指示をしてくるので深く追求はしてこなかった。
「輝、お互い頑張ろうな」
俺の隣で一緒にスタートポジションについた隆貴に「おう」と違う意味で返事をして呼吸を整える。
「位置について」
先生がピストルを空に掲げる。
緊張で心臓がバクバクと拍動を加速させる。
「よーい――」
1つ1つの動作がスローモーションに見え、まるでアスリートがゾーンに入った様な錯覚を覚えるが、これは紛れもなく極度の緊張からだろう。
――パンッ!!
ピストルのトリガーが引かれて、乾いた音と共に走者一斉にスタート。
この学校の借り物競争は、トラックを半周した辺りにテーブルが設置されており、そこに走者分の封筒が置いてある。
その中に拝借するお題が書かれた紙が入っているので、それを持ってテープを潜ってゴールという一般的な借り物競争と言えよう。
俺のライバル達は、猛スピードで走る奴もいれば、軽く流す奴もいる。
猛スピードで走る紅組の坊主はおそらく野球部。
対して俺と同じ位置で走るのは隆貴だ。
ありがたい事に極端の選手がいるものだから悪目立ちする事なく、中盤を狙ってテーブルまでやって来る。
俺がテーブルに到着した時には既に2つの封筒が取られており、残り4つの封筒の中から適当に封筒を取る。
「――ふぅ……。――よしっ!」
封筒を手に取った瞬間、俺は緊張と期待の入り混じった気持ちで封を切る。
中から取り出した紙には、くしゃくしゃになった字で書かれたお題が目に飛び込んできた。
「一緒に写真を撮ったことがある人」
一瞬、思考が止まった。
何だこのお題は。
普通の借り物競争なら「帽子」とか「眼鏡」みたいな物が多いはずなのに、せめてもっと先生とか分かりやすい人だろ。
「写真を撮ったことがある人か…」
俺は、すぐに頭の中で過去の記憶を探る。
誰か、写真を撮ったことがある人がこの場にいるか?
陰キャかましている俺にそんな奴は今この学校にいるのだろうか。
隆貴がすぐに思いついき、彼に目を向けるもすでに他の人を連れてゴールに向かって走っていた。
はやっ、流石顔が広いだけあるな。
咲音ちゃんは来てることお姉ちゃんにヒミツにしてって言われたから連れて行ったらバレちゃうし。
「――確か……」
さっき走ってたよな。
俺はすでに借り物競争を終え、ゴールした人たちが集まる場所に向かった。
そしてその中から、陽菜の姿を見つけた。
男子生徒と話しているようで男は腕を組んでグラウンド側を向いており、隣で陽菜は俯いて何か喋っている様子だ。
何の会話をしているのかまでは聞こえてこないが、そんなのはお構いなしに彼女達の間に割って入る。
「陽菜」
彼女を呼ぶ声がコントロール出来ずに声が上澄く。
そんな俺の声に陽菜と男子生徒が気が付くが、間髪入れずに陽菜の左手をギュッと握る。
「借りるぞ」
「――え……。え……?」
俺は陽菜の手を引いて、そのまま無言で走り出した。
彼女が驚いて戸惑っているのは、手を通じて伝わってくるけど、今はそんなことを気にしている余裕はない。
「え、輝、何が…」
「後で説明する」
彼女が何かを言おうとするのを遮って、俺はさらにスピードを上げた。
ゴールまでの距離はそれほどないが、これが意外に長く感じる。
周囲の視線が俺たちに集まっているのがわかる。
何事かと思われているだろうが、陽菜と一緒にゴールすることだけを考える。
走っている間、陽菜の手は俺の手をしっかり握り返してきた。
少し汗ばんでいるが、それが何故か不思議と心地よく感じた。
「あと少しだ、頑張れ!」
俺は息を切らしながらも、彼女にそう言った。
陽菜は黙って頷き、俺についてきてくれる。
やがて、ゴールが見えてきて、俺たちは勢いよくゴールテープを切り、その瞬間、歓声が沸き起こった。
「ゴール!2着おめでとう!」
先生が笑顔で俺たちに声をかける。
俺はすぐに陽菜の手を放し、深呼吸をした。
まだ胸がドキドキしているが、それはただの運動のせいだけじゃないかもしれない。
「輝…これ、どういうこと?」
陽菜が戸惑いながら俺を見上げる。
「ああ、ごめん。お題が『一緒に写真を撮ったことがある人』だったんだけど、陽菜しかいなかったんだよ。俺が一緒に写真を撮ったことある人」
「えっ、そうだったんだ…」
陽菜は少し驚いた表情を浮かべ、俺は少し気まずそうに笑って、頭をかく。
「そっか…私が役に立てたなら良かった。でも、急に手を引かれてびっくりしたよ。」
「悪かった、でも、本当にありがとう。」
そう言って、俺はもう一度彼女に感謝の気持ちを伝えた。
陽菜は恥ずかしそうに微笑んで、それ以上何も言わなかった。
ただ、少し頬が赤く染まっているのが目に入った。
俺たちはしばらく無言で立っていたが、陽菜がポツリと呟くように言った。
「……途中勘違いした私がバカみたいじゃん」
「えっ?」
「何でもない!お題好きな人じゃ無かったんだね!」
周りの歓声で聞こえなかったので聞き返すと、そんな風にむくれながら言ってきた。
「それはちゃんと言うから」
「……あ、ありがと」
俺がそう答えると陽菜は顔を真っ赤にしてそう答えた。
そうして、借り物競争は終わりを告げた。
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