第22話 海でのナンパは命取り
『輝、今日暇か?今から海いこーぜ』
そんな一本の電話は俺に断る隙も与えずに切られてしまった。
電話の主は向井隆貴。
まぁ、これがあいつのいつも通りのため慣れたものである。
俺は、ゆっくり海パンなど必要なものを準備して近くの海水浴場に向かった。
「おせーぞ、輝。待ちすぎて太陽に焼かれて干からびるところだったぞ」
「急に呼び出されたにしてはだいぶ早い方だろ」
俺は文句を言ってくる隆貴に言い返しながら、海水浴場を見渡す。
海の季節だから砂浜や海には家族連れや学生などたくさんの人で溢れかえっている。
某彼の言葉を借りるならまるで人がgmのようだ。
「急に呼び出しといて、お前ひとりなのかよ」
「当たり前だろ?じゃなきゃ意味がない。海パンは履いてきたな」
「え、うん」
「よし、早速1回海に飛び込むぞ!服を脱げ!」
俺は隆貴の言っている意味が分からないままに、彼に引っ張られて海辺に連れていかれる。
「期待の星のお前がそんな格好じゃ意味ないんだよっ」
隆貴はそう言いながら、俺を海に向かって投げ飛ばす。
俺はその勢いに逆らえずに、海の中に突入し頭から足まですべてがびしょ濡れになってしまった。
「っ何すんだよ!」
俺は海から出ると、濡れて視界を覆った髪の毛を搔き揚げながら隆貴を問い詰める。
「そうそう、それだよ」
「あ?」
「ナンパにはお前みたいなイケメンが必要なんだよ」
「ナンパ?」
「ああ。なんだお前。男が二人で呑気に海で水をかけ合うと思っていたのか?そんなのは女の子が居るからいいんだ。夏だぜ、海だぜ?ナンパだろ!」
その隆貴の言葉を聞きすべてが繋がった。
が、俺がイケメン?
こいつはついに目が行かれてしまったのか?
ナンパならもっといいやつがいただろうにどうして俺を誘ったのかは意味不明だが、ここまで来たからには俺はもう逃げることも出来ず、「横に立っているだけでいいから」と言う交渉を受け引き受けることにした。
「よっしゃ!ナンパ開始!」
隆貴は勢いよくそう宣言し、俺の腕を引っ張って砂浜を歩き出す。
彼のテンションについていくのは慣れているが、今日は特に気合が入っているようだ。
俺は「横に立ってるだけ」と言われているものの、少し不安になってきた。
「おい、あの二人組どうだ?」
隆貴が目ざとく見つけたのは、ビーチパラソルの下でジュースを飲んでいる女の子二人。
俺はなんとなく、嫌な予感がしながらも隆貴に付き合っていくことにした。
「おいおい、ホントに話しかけんのか?」
「当たり前だろ!じゃなきゃナンパじゃないだろ。お前は笑ってるだけでいいからな」
隆貴は自信満々にその二人組の方へ向かい、軽く手を振って話しかけた。
「やぁ、君たち!海は楽しんでる?」
だが、彼の言葉に女の子たちは微妙な反応を見せ、すぐに「ごめんなさい、今ちょっと……」と返事をし、そそくさとその場を去っていった。
その後も何度も断られ続ける。
しかし、何度断られようと隆貴はめげずに次々と別の女の子たちに声をかけるが、どれも同じような結果に終わる。
「……なんでだ、なんでうまくいかないんだ!」
隆貴は肩を落としながら、砂浜に座り込んでぼやく。
俺も少し同情するが、ナンパなんてそう簡単に成功するものではない。
そう簡単に成功するならば、この世の男の全てがナンパするようになってしまうではないか。
「もう少し違うアプローチを考えたらどうだ?」
「いや、俺のアプローチは完璧なはずだ。問題は……。いや、……」
彼はそこで言葉を止め、俺の顔をじっと見つめた。
「もしかして、お前がもっと積極的に動けば、成功するんじゃないか?」
「は?俺?」
「そうだ!俺ばかり話しかけてるからダメなんだ!お前が少しでも話に加われば、成功するはずだ!」
「……嫌だ。そもそも約束は立ってるだけだし」
「そこを何とか。もういいじゃん。1回だけ、1回だけでいいから」
自分の顔の前で手を合わせて、この夏に暑苦しいくらい近づいて来る隆貴にこれは逃げられないことを察した俺は1回だけ引き受けることにした。
この1回を引き受けてしまったことが俺のこの日の大失態と言うことになるのは知りも知らずに。
「分かった、分かったって。1回だけだからな」
「よし、それじゃああそこ歩いている女の子5人組にしよう。輝、行ってこい!」
「は?話しかけるのも俺なのかよ。しかも5人組って」
「もちろん。初めが肝心だろ。ほら、行った行った」
俺は隆貴に背中を押されて、無理やり歩いている女の子たちの後ろまで押し出される。
俺はもう一度隆貴の方に目を向けると、行け行けと口パクで伝えてきていたので、俺はしぶしぶと女の子たちに話しかけることにした。
「お姉さんたち、俺たちと一緒に泳が、な……い?」
俺の声に振り向いた彼女たちの顔を見て、俺は口を手で塞ぐも時すでに遅し。
「輝!?」
その俺の名前を呼ぶのは、俺が最近気になり、仲がいい人。
クラスのマドンナで、俺が髪の毛を上げても俺だと分かる人。
松村陽菜だった。
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