第19話 夏祭り② 射的
「ヒカルンお兄ちゃん、これなあに?」
「ああ、これは射的って言うんだ。」
「しゃてき?」
「コルクの鉄砲で景品狙って落としたらもらえるーってゲーム。咲音ちゃんもやってみる?」
「やる!」
よしきたと店主にお金を渡してコルク銃と五発分の弾を受け取って、咲音ちゃんが撃てるように弾を装填していく。
まだ小学生になる前の彼女には台が高いため、俺が彼女を抱えて、後ろから重たい銃を一緒に構えてあげる。
「よし、どれ狙う?」
「あれがいい!」
咲音ちゃんが指さしたのは、俺がいつも入っているヒカリンのぬいぐるみだった。
サイズは俺の片手サイズで、他のぬいぐるみよりは小さく落としやすいが、初めての人にはあまりお勧めできない的だが、咲音ちゃんが欲しいというなら狙うほかない。
一発目は銃だけ支えてあげて、あとは咲音ちゃんに全てを任せてみる。
幼女に銃なんて持たせるのは教育上よくないかもしれないが仕方がない。
俺と陽菜が見守る中、咲音ちゃんは真剣にぬいぐるみに狙いを定めて引き金を引いた。
パンっと音がして、弾が飛んでいって……そのまま、後ろにある赤い布に当たる。
「あー。ダメだー」
それから、1発2発と外して咲音ちゃんは自分だけでは無理なのだと察したのか俺に声かけて来た。
「ヒカルンお兄ちゃん、一緒にやろう」
俺は頼まれ、銃を構える咲音ちゃんの後ろから覆いかぶさるように一緒に銃を構える。
「咲音ちゃん、俺がよしって言ったら撃ってね。いくよ」
「よし」
一発目でぬいぐるみに当たり、少し後ろにずれた。
これで、次の一発で落としやすくなったし、落ちないように設計されている物ではないと判明する。
「よし」
最後の一発は、ぬいぐるみの右目の部分を綺麗に打ち抜くと、バランスを崩したぬいぐるみのは台から落ちて行った。
見ていたらしい周囲の客から微かなどよめきが聞こえた。
店主がにこやかながらも微妙にひきつった顔をしていて、俺は「すみません」と肩を竦めて、獲得した景品を受け取る。
「やったー!!ありがとう、お兄ちゃん!」
咲音ちゃんに取ったぬいぐるみのを渡してやると、ぎゅっと抱きしめながら喜んでくれた。
そんな彼女を見て、俺も少しほっとした気持ちになる。
子供の笑顔は何よりのご褒美だ。
しかし、ふと横を見ると、少し不機嫌そうな表情をした陽菜が立っていた。
「どうしたの?陽菜」
俺が声をかけると、陽菜は視線をそらしてそっけなく答えた。
「べつに。なんでもないよ。ただ…私も、あの景品狙ってたのに、全然当たらなかったんだもん」
どうやら、陽菜も俺と咲音ちゃんがやっている間さっきまで射的をしていたらしい。
咲音ちゃんの楽しそうな姿を見て気づかなかったが、陽菜は一生懸命に狙っていたようだ。けれど、何度も撃っても落とせなかったらしく、すっかり落ち込んでいる様子だった。
「あれか、欲しかったのは?」
俺が陽菜の方に視線を向けると、彼女が狙っていたらしいのは、猫のキーホルダーだった。他の景品よりも一際目立つそのキーホルダーは、確かに可愛いがその分難易度も高そうだ。
「うん……でも、もういいよ」
陽菜はそう言ってふくれっ面をするが、彼女も大人で、取れないと分かったのか射的屋を後にする。
しかし、やはり諦めきれなかったのか何度も屋台の方に顔を向けため息を付いている。
「すまん、ちょっとさっきの射的屋に忘れ物したから取ってくる」
俺はそう言って、さっきの屋台に戻るとおっさんにお金を払い、5発と鉄砲を受け取ると、陽菜が欲しがっていた猫のキーホルダーの隣、猫のヘアピンに照準を合わせると、それを一発で落とした。
残りの4発は近くの少年に譲ってあげて、俺は急いで彼女らの元へ戻った。
「ごめんごめん、おまたせ」
「忘れ物あった?」
「あったあった」
「何を忘れたの?」
「これだよこれ」
俺はそう言いながら、自分が獲得した猫のヘアピンを差し出すと、陽菜は驚いたように目を見開く。
「これは?」
「陽菜が欲しがってたキーホルダーは取れそうになかったから、代わりに猫のヘアピン。これなら取れそうだったし、陽菜に似合うかなと思って」
陽菜は一瞬、驚きと戸惑いの表情を浮かべたまま、俺が差し出した猫のヘアピンをじっと見つめていたが、ゆっくりと手を伸ばし、それを受け取る。
「えっ……本当に、私に?」
「もちろん。陽菜に似合うと思ったからね」
俺がそう言うと、陽菜は恥ずかしそうに顔を少し赤らめた。
「ありがとう……でも、わざわざ戻ってまで取ってくれたんだ。そんなこと、しなくてもよかったのに……」
「いやいや、俺が欲しかったから取ったんだよ。それに、陽菜が落ち込んでるのを見るのはあんまり気持ちいいもんじゃないし、少しでも元気になってくれたらいいなって思っただけだよ」
俺がそう言うと、陽菜は一瞬照れくさそうに目をそらしたが、すぐに顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、輝。大事にするね」
彼女がそう言って、猫のヘアピンをぎゅっと握りしめた姿に、俺は少し安心した。彼女の機嫌が直ったようで良かった。
俺が二人に提案すると、咲音ちゃんと陽菜は楽しそうに次の遊びを話し合い始めた。こうして、少しだけ不穏だった空気はまた和やかに戻り、俺たちは再びお祭りの雰囲気に包まれた。
陽菜の笑顔が戻ったことに、俺も少し安心しながら、また楽しい時間を過ごせそうだと思った。
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