8月 デレデレ期

第18話 夏祭り①

夏祭りが始まる1時間ほど前に俺は用意を始めた。

浴衣の着付けを自分1人でするためである。


浴衣の着付けは多少なり知識が要るのだが、昔親に1度叩き込まれた事があるが、実践する事はまずなかったので、上手く出来ているか不安になる。


「これで大丈夫か?」


着終わった後鏡で確認してみるが、一応形になっていて着崩れているとかはない、はずである。

村岡のおばちゃんから貰った浴衣は紺の無地に小豆色の帯のシンプルなもので、派手すぎるものはあまり好きではないからそうだったらどうしようかという心配は杞憂に終わった。


鏡で見る自分は、典型的な日本人体型だったことが功を奏したのかそれっぽい雰囲気が出ている。

髪型もいつもとは違った落ち着いたセットに変え、雰囲気的には全体的に落ち着いたものにまとまっていて、恐らく似合っているの分類に入ると思いたいが、陽菜の横を歩く男として十分なのかは人の判断に任せておく。


そして集合予定時間15分前、俺は待ち合わせ場所に到着した。

咲音ちゃんがいるとはいえ夏祭りを一緒に行くことはデートなのではないかと考えたが、今までに一緒に勉強や遊びをしてきたのでそんな思いは無いかと掻き消す。

それから、すぐに聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。


「ヒカルンお兄ちゃん!」


その声のする方に目を向けると、行き交う沢山の人の中で浴衣姿の咲音ちゃんと陽菜の姿を見つけた。


咲音ちゃんはアイボリーの地。

柄はピンク色と濃ピンク色、赤みのピンク色、白にピンク色の絞りの入った椿の花に青磁色のと緑の葉があしらってある。黒みがかった深い赤の帯で全体引き締まっている。いつもフワフワと可愛らしい咲音ちゃんだか、レトロでかわいらしい雰囲気も感じられる。


「咲音ちゃん、浴衣よく似合ってるね〜」

「うん!お姉ちゃんが選んでくれた!」


咲音ちゃんはそう言いながら一回転して、全身を見せてくれる。


「……も褒めて」

「え?」

「咲音ばっかりずるいです。私も褒めてください!」


陽菜は顔をプクっと膨らませながら言った。

そんなことを言うキャラだったかなと思ったが、可愛いよで良しとして俺はもう一度陽菜の浴衣姿に目を向ける。


陽菜はごく淡い白緑色の地。

柄はペン画調の細い線で描かれた雛罌粟の花にあざやかな青や青紫、淡いパープルに明るい黄色の花、淡いアンティークグリーンの葉が明るい白の帯に対比して映えている。

髪も結い上げ、いつもの可愛さとは違った、大人の綺麗さ美しさがあった。


「ちゃんと、できてますか?」


答えが返ってこなかったことを心配に思ったのか不安そうに尋ねる陽菜。


「ああ、可愛い。よく似合ってるよ」

 

俺がそう言うと、陽菜は「ありがと」とホッと息をついた。

それから言い訳するように言った。


「実は浴衣なんて、何年も着てなくて……今回着よっかなとネットで調べたの」

「なるほどね」

「ところで、その。輝も、よく似合……とても、カッコいいよ」

「そうか、ありがとう」


そんな風に真正面から褒められることなんて滅多にないので少し恥ずかしく思った。


「それじゃあ、早速行こっか」

「行く行く!咲音ね、綿菓子食べたいな」


俺たちはそうして、屋台の並ぶ道まで歩いていくこととした。いい時間なのか、人も多くなってきてはぐれそうなので俺は咲音ちゃんの手を握った。


「はぐれないようにね」

「うん!」

「陽菜もはぐれないように、俺の袖とか握ってていいよ」


俺がそう言うと、陽菜はまた何故かプクっと頬を膨らませながらも俺の袖をちょこんと握った。

何か気を損ねるようなことを言ったかなと思いながらも、俺たちは夏祭りの雰囲気に飲み込まれていった。


「綿菓子あった!」


まだ並んでいる人は他の屋台よりは少なくすぐに自分たちの番になった。


「綿菓子1つ下さい!」

「おっ、小さいのにえらいね〜。おじさんサービスしてあげる」


そう言われて咲音ちゃんに渡された綿菓子は、彼女の顔よりも一回りくらい大きい綿菓子だった。


「んーっ!甘くて、おいしい!お兄ちゃんもどーぞ」


咲音ちゃんに渡され俺も綿菓子を一口齧る。

久しぶりに食べたがとっても甘い。歳を取った俺の胃には少しダメージがデカい。


「陽菜は?」


俺は齧った綿菓子を彼女に向けると、彼女は何故か顔を赤らめながら「いらない」といった。

陽菜も甘すぎるものは胃にくるのだろうか。

俺は綿菓子を咲音ちゃんに返した。


あんなに大きい綿菓子を食べ切れるのだろうかと心配していたが、案外咲音ちゃんが大食いだったのか、それとも綿菓子がお腹に溜まるものではなかったのかあっという間に無くなっていた。


「次は何食べたい?」

「んー、なにかなぁー」

「陽菜は何か食べたいものないの?」


俺がそう尋ねると何故かまだ少し怒っているようなホッペに空気を溜めてから、顔を逸らされてしまった。

これは俺が何かしてしまったのだと察して、俺は当たりの屋台を見回すと、彼女たちに呼びかける。


「咲音ちゃん、一回ゲームしない?陽菜も」

「ゲーム?」


俺はある屋台を指差してから、そう提案した。

それは俺の出店の中で得意なゲームだ。

これでなんとか陽菜の機嫌を取り戻そう。



――――――――――


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