第16話 夏休み最悪のスタート

7月もあっという間に後半に差しかかり、夏休みが始まった。

学生は夏休みが1番好きなのではなかろうか。

特に高校二年のそれは共に入学した友達との仲が深まり勉強を考えずに遊んだり、はたまた彼女が居れは一緒に過ごしたりする。

かく言う俺は、


「夏だ!夏休みだ!バイト三昧だ!」


7月は鬼のようにバイトを入れていた。


「田原君最近頑張るね~。夏休みくらい誰かと遊べばいいのに。ほらこの間のお嬢ちゃんとか」

「夏休みだから働いてるんですよ」

「そんなに稼いでどうすんの?せっかく稼いでも使わないと勿体無いわよ。あっ」


バイトの休憩中、村岡のおばちゃんとそんな話をしていると、おばちゃんは急に何かを思い出したかのように椅子から立ち上がると、自分のロッカーから何かを取り出してきた。


「これ、家の物片づけてるときに見つけたんだけど使わないからあげる」

「何ですか?これ」

「浴衣よ。ほら来週あたりに花火大会あるでしょ。それに着ていけるかなと思って」

「行く予定ありませんよ」

「まぁまぁ、そんなこと言わずにせっかく持って来たんだから貰って」


俺はその浴衣をしぶしぶ受け取ると、再びバイトに戻った。

この時期の着ぐるみの中の仕事は地獄のような環境で、中に心ばかりの扇風機やサーキュレーターが付いているだけでまるで中はサウナ状態である。

これがショッピングモール内での仕事だからまだ耐えられるものの、外の仕事の時は何人もが変わりばんこで行わなければ死んでしまう。


「ヒカルン、お兄ちゃん?」


そんな中、聞き覚えのある声がかすかに聞こえ、重たい着ぐるみを動かしその方向に体を向けるとそこには咲音ちゃんの姿があった。

ということはと思い辺りを見回すと遠目から松村陽菜がこちらを眺めている姿が確認できた。

俺は今は子供が少ないため、咲音ちゃんの頭を撫でてあげる。


「ヒカルンお兄ちゃんだ!写真とってもいい?」


俺がヒカルンの体全身を使って頷くと、咲音ちゃんはお姉ちゃんに写真をせがみに行った。


「はい、撮るよ~。はい、チーズ!はい、チーズ!」


一枚目は咲音ちゃんはピース。二枚目は、俺(ヒカルン)に抱き着くポーズで写真を撮った。


「ヒカルンお兄ちゃんありがと!お姉ちゃんも!」

「私はいいよ、恥ずかしいし」


そう言って断る松村さんを咲音ちゃんは無理やり手を引っ張って俺の方へ連れて来ると、咲音ちゃん自身はスマホを構える。

三人で撮るんじゃないんだというツッコミは心の底にしまっておく。


「はい、チーズ!」


松村さんは咲音ちゃんの掛け声にピースサインで対応する。

対する俺は、着ぐるみを着ているためヒカルン目線はカメラ方向でも、中の俺自身の目線はすぐ隣にいる松村さんの方を見ていた。

最近は避けていた彼女を久しぶりにこんなまじかで見て、俺は不覚にもドキドキしてしまっていた。

距離を置こうとしていた女の子がこんな近くにいるなんて。


「もう1回!はい、チーズ!」


咲音ちゃんのその掛け声が聞こえて来た瞬間、俺(ヒカルン)に前側から圧力が掛けられる。

俺は一瞬何事かと思ったが、それを知るまでには時間はかからなかった。

松村さんが俺(ヒカルン)に抱き着いて来ていたのだ。

俺を放し離れて行く彼女の顔は少し赤らんでいて、とても可愛らしかった。


「咲音、いい感じに撮れた?」

「うん!ばっちり!ヒカルンお兄ちゃん、またね~」


松村姉妹は写真を撮って満足したのか俺の元から離れて行く。

俺は仲良く話しながら去って行く姉妹の背中に短い手を振っていると、松村さんが立ち止まり俺の方へ再び戻って来た。

彼女は俺の前に立ち止まると、


「あ、あとで話したいことがあるのでカフェで待ってますね」


そう告げると、松村さんはまた踵を返して咲音ちゃんの元へ戻って行った。

俺は何事なのだろうかと、突然の誘いに考えを巡らせていて彼女と入れ替わりで俺の方へ近づいて来ていた人に気付かなかった。


「たはらひかるく~ん!」


俺が着ているぬいぐるみの名前ではなく、俺本体の名前が結構大きめの声で叫ばれた。

その声の正体は、向井隆貴だった。

そうだった、こいつには遊びに誘われたからバイトの予定を教えているんだった。


「バイトばっかりしてないで、一緒に海行こうぜ~。折角の夏休みなんだし楽しもうぜ輝。いいじゃ……」


俺は咄嗟に隆貴の口を塞ぐも、それはほとんどを話し終わった後で後の祭りだった。

俺は恐る恐る、ある方向に目を向けるとそこには、こちらを振り返り立ちすくんでいる松村姉妹の顔があった。

恐らく隆貴が俺の名前を呼んだ時から聞こえていたのだろう。

隆貴も彼女たちに気が付いたのか「松村陽菜!?」と驚いた声を上げる。


松村さんは血相を変えて勢いよく俺たちの方に近づいて来ると


「あとで話したいことがあるのでカフェで待ってます!」


そう言って彼女は足早に俺達の元を去って行った。


「俺なんか悪いことした?」


彼女らが去って行った後、隆貴がそんなことを口にしたのでぬいぐるみの姿だが一発頬にビンタを食らわせておいた。



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