第11話 妹ちゃんの運動会
何とかテストを乗り切った俺は、咲音ちゃんとの約束を果たすべく咲音ちゃんが通う幼稚園まで来ていた。
運動会は場所取りが命だとどっかの父親が語っていたので、場所取りはしなくていいのかと思ったが、なんとなく松村さんに聞いた感じ仲のいい家族のお父さんに取ってもらうということだったので開始の時間10分前くらいに幼稚園に到着した。
もちろん格好は、いろんなパパママがいる中でいつもの格好で行ける訳もなく前髪を上げて決めた外行きスタイルである。
「只今より、○○幼稚園運動会を開催いたします!」
そんなアナウンスが聞こえてきて俺は急いでグランドに入り、松村さんの姿を探す。
俺(決めスタイル)が来ることは咲音ちゃんが上手く伝えていたらしく、松村さんは知っている。
だから、学校での俺は咲音ちゃんの運動会に誘われなかったのだろう。
すこしその事実に気付き落ち込みながら、人込みの中を探していると応援席の一番内側、松村さんの姿を見つけた。
俺は人込みをかき分けながら彼女の名前を呼ぶ。
「松村さん!」
「中原君!心配したよ、連絡先しらないからここの場所分かるかなって思ってたんだ」
「人多いね~。びっくりしたよ」
「私はもう慣れたかな」
「咲音ちゃんは?」
「もう入場の列に並んでる。ほらあそこ」
指さされた方向に目を向けると紙の花で飾られたアーチの向こう、並んでいる園児達の中に咲音ちゃんの姿を見つけた。
向こうもこちらに気づいたのか手を振ると、控えめにお腹の高さで手を振り返してくれた。
『園児、入場!』
「緊張してるのかな?」
「多分。咲音こういうのガチガチに緊張するタイプだから」
「そうなんだ。意外」
「ほら、見て見て。手と足が揃ってるでしょ」
「ほんとだ」
普段年長とは思えない大人っぽさを発揮しているが、意外に年相応なところもあんるだなと微笑ましくなった。
それから早速1つ目の競技のかけっこが始まった。
どんどんと早いテンポで順番が進んでいき、いよいよ咲音ちゃんの出番が目前に迫ってきた。
前の組がゴールする前に、咲音ちゃんたちの組がスタートラインのすぐ後ろに整列させられる。
「咲音〜!頑張れ!!」
松村さんの応援も飛ぶ中、号令役を務める先生が「位置について」と発する。
スタートラインに並んでいる児童たちが前傾姿勢になり、準備が整ったところで教師が専用の道具でパアンと合図を出すと同時に咲音ちゃんを含めた女児たちが一斉に駆け出し、各々の親や園児たちが大声を上げて応援をする。
「頑張れ〜!」
「咲音行けー!」
全員が全力でゴールへと向かう中、咲音ちゃんが一歩分周囲より前に出る。それと同時に、妹を後押しするかのごとく松村さんも構えていたカメラなんてそっちのけで身を乗り出す。
道中転びそうになったりもせず、咲音ちゃんは誰よりも早くゴールラインへ駆け込んだ。
「お姉ちゃんも、お兄ちゃんも見てた?!咲音1番だったよ!!」
「見てたよ〜!凄いじゃん!」
「さすが咲音ちゃん!」
俺たちが褒めると咲音ちゃんはエッヘンと胸を張った。
それからは、大玉転がし、玉入れ、障害物競走、ダンスなど各年の演技や競技が終わっていく。
そして運動会も終盤に差し掛かったある時、咲音ちゃんからある提案がされる。
「ヒカルンお兄ちゃん、次のやつ咲音と一緒に出て欲しい」
「次のやつ?」
「次はね、親参加のねかけっこだよ。咲音をおんぶしてグラウンド1周!」
「それ俺が出てもいいの?」
「大丈夫大丈夫。自由参加の競技だし、誰も何も言わないと思うよ」
「おねがい。ヒカルンお兄ちゃん」
そんな上目遣いでお願いされたら断れるはずもなく俺らもちろんその競技に出ることにした。
「よしゃ、行くか!」
俺は座っていたビニールシートから立ち上がる。
同じ境遇の父親たちと目が合うと、誰もが「負けませんよ」と目を合わせてバチバチと火花が飛んでいる。
皆、自分の子供にいいところを見せようと必死なのだろう。
この機会に父親の威厳でも回復しようと思っているのだろうか。父親では無い俺にはいまいちわからない感情だった。
担当の児童たちの案内で、父親一同はスタートラインの後ろに誘導される。
一緒に走るであろうお父さんは俺よりも一回りも二回りも歳を重ねているようだった。
「ヒカルンお兄ちゃん!頑張ろうね!」
「おう、任せとけ」
そうこうしているうちに俺の順番が回ってきた。
俺たちはそれぞれ娘、俺の場合妹を背中に抱える。
「位置について、よーいドン!」
パンっと乾いた音が響く。
先生が高く上げた右手の先で、小さなピストルがわずかに細い煙を吐いた。
俺を含め全員がいっせいに走り出したと同時に、トラックのまわりに張られたロープの向こうで、大人たちがわぁっと応援の声を上げる。にぎやかなBGMにも負けない歓声。幼稚園の運動会は、青空に色とりどりの旗がきれいだった。
「いいか、咲音ちゃん。しっかりつかまっとけよ~」
「うん」
満面の笑みで俺の背中にしがみつく咲音ちゃん。
俺は自分の持っている限りのスピードで走っていると、半分を過ぎたあたりで俺が独走であることに気づき、結局、俺は誰にも追いつかれたりせずに、トップを守ったままゴールテープを最初に切った。
「やったね!」
「やったね、ヒカルンお兄ちゃん!!」
俺は咲音ちゃんとハイタッチをする。
ダントツで走りきったせいか、それとも見ない若い顔だったせいかそれから暫くは園児達が俺に押し寄せてきて怒涛の質問コーナーが開催された。
「ヒカルンみたいだね」
「みたいじゃなくて、お兄ちゃんはヒカルンだよ!」
とそんな俺を見て話している松村姉妹だった。
それからは恙無く運動会は行われ、咲音ちゃんの晴れ舞台は無事に幕を降ろした。
「ヒカルンお兄ちゃん!今日は来てくれてありがとね!」
「咲音ちゃんは今日楽しかった?」
「うん!」
「それならお兄ちゃんは来たかいがあったね」
「お姉ちゃんも来てくれてありがと!」
「当たり前よ。いっぱい写真と動画撮ったからお家に帰って見ようね」
俺たちは咲音ちゃんを挟んで手を繋ぎそんな、ホントの家族のような会話を繰り広げながら彼女らを家に送り届けた。
――――――――――
ついに来月、正体が……。
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