6月 2人は1人?

第7話 風が導く睡魔と疑惑

5月も終わり校庭の木々も次第に緑がかってきて、気温も少しばかり暑いと思うほどになってきた。開けた窓からそんな風が吹き込んで来る中、俺は重い瞼に僅かに残った気力で抗っていた。


「だからこの点とこの点が出るわけだ」


授業中じゃなければ抗うことなく眠りにつけるのだが。

昨日バイトで動きすぎたせいか。

子供の相手というのも疲れるな。

そんな事を思いながら、抗う心が薄れていく。


……


「じゃあここをー、田原」

「は、はい!」


そんな弱った心を呼び覚ましたのは、先生が俺を当てる声だった。


「……」


勢いよく返事をしたのはいいものの、何を聞かれているのかも分からないので俺は答えられず黙ってしまう。

クラスメイドたちの視線も俺に集まって、永遠とも感じられる沈黙にいたたまれなく分からないの旨を伝えうと口を開いた時。


「田原くん、田原くん」


そんな小さな声が右側から聞こえそちらに目を向けると松村さんが自分のノートのある式を指さしているのが見えた。


「y=3x+4です」

「正解」


先生は俺の答えがあっていることを確認すると、また授業に戻って行った。

俺はそれを確認すると、松村さんに小さな声で「ありがとう」と言うと、笑顔で親指を立ててくれた。


そんな事気軽に俺みたいな陰キャにはしないで欲しい。

俺のことが好きなのかと勘違いしてしまう。

そんな事を思いながらもう一度松村さんに目線を向けると、既に先生の話に目も耳を傾けていた。


「よし」


俺はそんな松村さんを見習い、当てられて目が覚めたのでしっかり授業を聞くことにした。



「これで授業を終わります。テストも控えているのでよく復習しておくように」


全くついていけなかった。

授業を聞くと勢いづいたのはいいものの、全くと言っていいほど内容が頭に入ってこなかった。

そんな絶望をしていると、また右から声を掛けられた。


「田原くん、危なかったね。」

「あ、うん。答え教えてくれてありがと」

「でも、多分先生は寝てるの気づいてて当てたんだろうな〜。ほら、あそこからはなんでも見えるって言うし」


松村さんは教壇の方を指さしてそう言う。


「だね。でも、寝てても起きてても答えは分かんなかっただろうからどっちでもいいや」

「そなの?」

「うん。当てられてから真面目に授業聞いてたけどちんぷんかんぷんだったから」

「そろそろテストだし、今回の範囲は難しいけど大丈夫?」


そう聞かれ今までのテストを思い返してみたが、前日に焦って問題集の範囲の答えを丸暗記して挑んで何とかギリギリで乗り切ってきたしか思い出しかない。


「まぁ、何とか頑張るよ。今までもそれで何とかなったし」


そろそろ周りの目線が俺たちに集まっているような気がして、話もキリがいいと思ったためトイレにでも向かおうかと席を離れようとした時。


「じゃあ、私が教えてあげよっか?」

「え?」


そんなセリフを聞いて、俺は思わず動きを止めた。


――――――――――


▼松村陽菜視点▼


――――――――――



「だからこの点とこの点が出るわけだ」


数学の授業中、視界の左端の方に映ったものにふと目を向けてみると、隣の席の田原君が左手で頬杖をついて船をこぐように眠りについていた。

疲れているのかなと思いながら、そんな彼を少し見ていると開けていた窓から少し強めの風が吹き込んできて、彼の目にまでかかった髪の毛を靡かせた。


「……!?」


一瞬だが露わになった瞬間私は目を見開いた。

その顔はどこかで見たことがある顔。

それは、最近たまたま仲良くなった中原君にそっくりな顔。


「じゃあここをー、田原」

「は、はい!」


そんな風に考えを巡らせていると、先生が田原君のことを当てた。

多分、寝ていることに気が付かれていたのだろう。


「……」


当てられた田原君は、当てられたにも関わらずただ少し目を泳がせ焦っている様子だ。

そんな彼に私は小声で呼びかける。


「田原くん、田原くん」


彼が私の方を見ると、私は自分のノートに書いてある今回の答えを指さす。

彼もそれが何なのか気付いたのかそれを読み上げる。


「y=3x+4です」

「正解」


先生は私の教えた答えがあっていることを確認すると、また授業に戻って行く。


「ありがとう」


田原君の小さな声の感謝に私は何故かぎこちなくなった笑顔で親指を立てた。

彼のその時見せた笑顔が、中原君と一瞬重なって見えたからだ。

私はそれから授業に集中することが出来ず、ただ聞いている振りだけして頭の中は田原君の事でいっぱいだった。



「これで授業を終わります。テストも控えているのでよく復習しておくように」


全く入ってこなかった。

変なことを考えて板書をしていたせいか、ノートにはいろんな数式の中に「中原君=田原君?」という式が大々的に書いてある。

授業が終わり我に返った私は、こんな思いをするくらいなら本人に聞いてしまおうと思い、急いでノートを閉じてもう一度田原君に話しかけてみることにした。


「田原くん、危なかったね」

「あ、うん。答え教えてくれてありがと」

「でも、多分先生は寝てるの気づいてて当てたんだろうな〜。ほら、あそこからはなんでも見えるって言うし」


だめだ。

勢いで話しかけちゃったけど、なんて聞いたらいいのか分からない。

田原君って中原君?なんてドストレートに聞いていいものなのだろうか。


「だね。でも、寝てても起きてても答えは分かんなかっただろうからどっちでもいいや」

「そなの?」

「うん。当てられてから真面目に授業聞いてたけどちんぷんかんぷんだったから」

「そろそろテストだし、今回の範囲は難しいけど大丈夫?」


兄弟の可能性も考えられるし、それとも彼は私に田原君だとバレたくないから嘘をついたのかもしれない。

そんな風に考えながら、核心を付いた質問も出来ずにどうでもいい会話が続いて行く。


「まぁ、何とか頑張るよ。今までもそれで何とかなったし」


田原君がそんな返事と共に会話を切り上げようと立ち上がろうとする。

どうなのだろうか。

田原君は中原君なのか。

田原君が中原君だったら……。

知りたい。

他人のことをこんなに知りたいと思ったことは初めて。


「じゃあ、私が教えてあげよっか?」

「え?」


そんな焦りから私は、そんな提案を彼にしていた。



――――――――――


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