第16話〈在りし日の二人②〉

「聞いたぜ!藤太。お前の父ちゃん死んだって?自殺だろ?」


 クラスメイトが気さくに話しかけてくる。一瞬の間を置いた後、藤太は笑顔で答えた。


「そーなんだよ。どうも仕事でキツいことがあったみたいでさ」


「なるほどなあ。でもさ、霊になったらもうそんなの関係ないもんな。逆に良かったんじゃね?生きてて辛いなら、死んだ方がマシだって」


 そんな藤太とうたと友人達との会話を、彼岸かれぎし結衣ゆいは遠目に見ていた。 


 放課後、校門の前で結衣は藤太と待ち合わせた。ここ最近、二人は学校終わりに遊ぶのが恒例になっていた。結衣に『生きることの楽しさ』を教えるための藤太の挑戦が続いているのだ。


「今日は凄いぜ!前にオレが見つけた穴場の森だよ。そこの奥にはでかいクヌギが生えてて、カブトやクワガタがめっちゃ来るんだよ。アガるだろ?」


「アガらないよ。っていうかキモい……」


 そう返しながらも、結衣はジッと藤太の顔を見ていた。横並びに歩きつつ、じろじろと見てくる結衣の目にこそばゆさを覚えた藤太が、聞く。


「なに、オレの顔になんかついてるん?」


「いや……」


 少し口ごもった後に、結衣はおずおずと尋ね返した。


「その、さ……藤太くんのお父さんが死んじゃったって聞いたんだけど」


「ああ、そうだよ」


「大丈夫?」


 藤太は一瞬、驚いた様子で結衣を見た。それから誤魔化すように笑った。


「大丈夫って、何がだよ」


「いや、死んじゃって、ショックだったりしないかなって」


「そりゃ話せないのはちょっと嫌だけどさ。でも母ちゃんとかみんな言ってたぜ。父ちゃんはいつもオレの近くにいて、オレを見守ってくれてるって。ほら、今もいるんだろ?」


 結衣は言葉を詰まらせて、藤太の周囲を探すように見た。少しの間を置いてから、繕うように笑う。


「うん。そうだね。藤太くんにそっくりな男の人の霊が見える」


「だろ?だから良いんだよ。オレは全然へーき」


 そこで話は終わり、話題はまた虫の多い木の事へと移った。藤太の話を聞きながら、結衣は一人考える。


 例えば、もしあたしが死んじゃったら、藤太くんとは会えないんだ。


 『死ねば会えなくなる』。それは、結衣にとってこれまで考えもしないことであった。彼女だけじゃない、世のほとんどの人は、そのようなことを考えない。しかし『霊盲』である藤太にとってだけは、『死』とは『別離』なのだ。


「あたし……今、初めて思ったかも」


 藤太の虫取りトークを遮って、結衣が呟くように言う。


「『死にたくない』って」


「え?なによ唐突に」


 よく分からないと言いたげな藤太に、「なんでもない」とだけ伝えて、結衣は歩く足を速めた。


 それからも、二人の交流は続いた。それぞれ別の友人との用事もあるので毎日とはいかないまでも、それでも遊べる日があれば定期的に会っては遊び、二人の仲は深まっていった。


 関係が深まると、お互いの色々なことを必然的に知っていく。性格や、好きなもの苦手なもの、周りの友達のことや、家族のこと。


「もう帰らなきゃ」


 いつもより少し早い時間に、結衣が言う。


「なんだ、また門限が早まったのか?」


「うん。お父さんに言われて」


「お前の父ちゃん、ほんとに厳しいよなー」


 学校が終わって、まだ一時間も経っていない時分であった。


「お父さんは、家のことを第一に考えているんだよ。『彼岸家』を守るために」


「何だそれ?それと、お前が早く帰んなきゃなんないのと、何の関係があるのよ」


「関係あるよ。あたしは、彼岸家の娘だから。彼岸家のために尽くせる女にならなくちゃいけない。お父さんの言うことに逆らっちゃいけないんだよ」


 俯きながら言う結衣のその言葉が、藤太には納得ができなかった。しかしどう言って良いかも分からない。


「よく分かんないな。まあ、良いや。明日また遊ぼうな」


「うん。そうだね。また明日ね」


 そう言った結衣の笑顔は、あまりにも儚げであった。


 やがて二人で遊ぶようになって数ヶ月経ち、半年経ち、一年が経った。その間も季節は巡り、『生きる楽しさを探す』二人の交流は続いた。秋の味覚に舌鼓を打ち、冬に雪が降れば駆け回って、春には舞う桜吹雪の下を二人歩いた。様々な経験を経るうちに、二人の間には一つの目的を共有する同盟意識が生まれ、仲間意識が生まれ、友情が芽生え、そしてやがて、二人の知らない感情へと育っていった。今にも美しい大輪に花となりそうな、蕾のような感情であった。


「結衣、お前……二組の健太郎と話してたろ?何の話?」


 初夏の日差しの下で、額に汗を滲ませながら帰る道中、藤太はおもむろに尋ねた。


「別に、図書委員会の話だよ」


「そっか」


 結衣の答えに少しだけ安堵しつつ、藤太の中にある正体不明のモヤモヤは依然治らない。少しの沈黙の後に、藤太はまた尋ねた。


「仲良いん?その、健太郎と」


「え?いや……別に……」


 結衣は答えた。


「知ってるでしょ?あたし、生きてる友達なんていないんだから…………藤太くん以外」


 藤太は高揚して、ニヤッと笑った。


「はは、そうだよな!なんでお前、友達作らないん?」


「お父さんにダメって言われてるから」


「相変わらず、変な父ちゃんだよなー。つーか、俺はどうなん?」


「お父さんには内緒にしてる。藤太くんのことは」


 それを聞いて藤太は少し複雑な心持ちになった。それではまるで、結衣にとって、自分と遊んでいることが後ろめたい、悪いことであるかのようであった。


 藤太は確認するように問う。


「結衣は、その、俺と遊んでてつまんなくは無いよな?」


「え?うん。楽しくなかったら遊ばないもん」


 結衣はキョトンとしながら答えた。


 やがてそれぞれの家へと分かれる十字路に辿り着き、二人はそこで別れた。自宅へ向かう道を少し歩いてから、ふと藤太は思う。


 そういえば、あいつの家がどんな感じか、見たこと無かったな。


 それはほんのちょっとした好奇心であった。藤太は十字路に戻って、結衣が向かった道を見る。その道の先にある角を右に曲がった結衣の背を見つけた彼は、その後を追うように道をかけて行った。




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