第14話〈キューピッド誕生〉
「ごめんなさい。変なことに巻き込んで」
彼女らしからぬしおらしい態度で謝る彼岸に対し、藤太は頭を掻きながら答えた。
「別に良いよ。お前も色々大変ねェ……」
ベンチに並んで座り、沈んだ声で会話する。遊園地にそぐわない陰鬱とした空気を纏う二人を見て、周囲は別れ話の最中とでも思ったかもしれない。
「あの糸目野郎、自分の妹を貴陰さんの許嫁へと推してたから、私の存在が気に食わないのよ。隙あらば私を蹴落とそうとしてくる。……まあ、別に私は大丈夫なんだけど、今回はそのせいで清水くんに不快な思いをさせちゃって……」
「別に良いって言ってんでしょー。だいたい、彼岸が謝ることじゃ無いって。そんな辛気臭い顔してないでさ、まだまだ遊園地楽しもーよ」
藤太はニッと笑って彼岸に手を差し伸べる。彼岸はその手を取ろうとして、伸ばした自身の手を止めた。
「あっ……。レイコちゃんに、代わるわね。今回のデートはレイコちゃんとの——」
言いながら引っ込める彼女の手を、藤太は強引に掴んで引き寄せた。
「ひゃっ、え、なに⁈」
彼岸が驚いたような声を上げた。戸惑う彼女の顔をジッと見て、藤太は言う。
「俺は、お前と一緒に回りたいんだけど。駄目かねー?」
「え、えっ?」
彼岸の頬が赤く染まるのを、藤太は確かに見た。
「レイコちゃんもきっと許してくれると思うんだけど」
「で、でも私なんかが相手じゃ、清水くんも楽しくないでしょ……?」
「んなこと無いってぇー。お前って凄く面白いよ」
真っ直ぐに見る藤太の目をおずおずと見つめ返すと、またそっぽを向いて、彼岸は強気に答えた。
「仕方ないわね。清水くんにはもったいない話だけど、この私が一緒に遊園地を周ってあげるわ」
「うん、うん。そうしようね。じゃ、まずはあれ、行っとくー?」
言いながら藤太はフリーフォールを指差す。彼岸の顔が青くなった。
「なんでよ⁈」
必死に拒否する彼岸を見て、藤太はいたずらっぽく笑った。
「冗談、冗談よ。じゃ、とりあえずもう一回、空中ブランコでも行きましょうか?」
それから二人は一緒に園内を周った。気に入ったアトラクションには何度も乗ったり、キャラクターの着ぐるみと写真を撮ったりしながら、藤太は昔のことを思い出す。幼い頃に二人で来た時の記憶だ。
「ちょっと!もっと笑ってよ。せっかく撮ってあげるのにその仏頂面はなに?」
携帯のカメラを向けながら、彼岸が言う。藤太はすぐ横に立つクマの着ぐるみをチラチラ見ながら、顔を顰めた。
「しょうがないじゃん?俺、着ぐるみ苦手なんだっての。こいつの目ェ近くで見てみなよ。闇しか感じんよ?」
「なんてこと言うの!クマボンちゃんに謝りなさい!」
「そんでなんでお前はそんなノリノリなのよ」
ああだこうだと言い合っていると、横で無言で聞いていたクマの着ぐるみ『クマボン』が仲裁に入った。
ジェスチャーで「まあまあ」と言った後、手招きで彼岸を呼ぶと、藤太のすぐ横に立たせた。二人の肩を押してぎゅっと近づけた後に、彼岸の携帯を持って「撮るよー」って感じの動きをした。
「……ちょっと、近いじゃない。離れてよ」
彼岸が囁く。二人は肩と肩が触れ合うほどの距離で隣り合っていた。
「仕方ないでしょー、あのクマ公が俺達をこうやって配置したんだから。今動いたら、せっかくクマ公が撮ってくれてる写真がブレちゃうじゃないの」
「なによその『クマ公』って呼び方は?『クマボン』と呼びなさい『クマボン』と!」
直後、クマボンが「ポーズとって!」とマイムで指示した。
パシャリ、パシャリと二枚。撮った後に、クマボンが見せてきた写真を確認する。そこには、照れ笑いでピースサインをする彼岸と、謎に無表情で虫歯ポーズをする藤太が写っていた。彼岸は思わず「んふっ」と吹き出した。
「ちょっ……!ちょっと、何よ藤太くん、そのポーズ?プリクラを撮る女子か!何考えてんのよ!」
言いながら笑う彼岸。藤太は頭を掻きながら苦笑いをした。
「……ポーズとれって言うから……」
「それで真っ先に浮かぶポーズがこれって、発想がギャルすぎない?藤太くんのくせに、藤太くんのくせに……!」
彼女の抑えきれない笑いは、しばらく続いた。
「さあて、もう結構乗ったよなー。次はどうするかなって」
時刻は夕刻に近づき、空の色がうっすらと赤みを帯びている。次はおそらくラストとなるであろう、その映えある締めを担当するアトラクションをどれにするか、藤太は迷っていた。
「はあ……はあ……ふふっ……ま、まだ乗ってないのって、何があったかしらね……」
未だ笑いの治らない彼岸が、息を切らしつつ言う。ずっと無言で立っていたクマボンが、藤太の肩を叩いてあるものを指し示した。
「あー……確かにそれはまだ乗ってないわー」
クマボンが指したそれは、観覧車であった。遊園地の定番中の定番。まさに締めにはピッタリ。なぜ忘れていたのか。
それは、意識的に避けていたからである。幼い頃、彼岸と二人でこの遊園地に来て、そして最後にこの観覧車に乗った。その時の記憶から、藤太はわざとこの観覧車を避けていた。
かつて藤太は、この観覧車で彼岸に告白したのだ。
「ねえ、乗ろうよ。藤太くん」
ボソッと、呟くように彼岸が言った。おずおずと上目に見る彼女に対し、藤太は小さくため息をついてから頷いた。
「ま、遊園地って観覧車乗らないと終わらないしなー……」
二人はそのまま観覧車へと向かっていった。その後ろ姿にクマボンが手を振る。二人が去って少ししてから、スタイルの良い青年がクマボンに近づいてきて、その肩を叩いた。
「よくやった。素晴らしいキューピッドだったよ。さすがはパントマイムの名家出身なだけはある」
「……全く、何ゆえ私がこのような役を?そもそも我が一族は『パントマイムの名家』ではございません。興行事業で成功しただけですから。そもそもこのテーマパークだって我が社の……」
「しかし、元を辿ればサーカス一座だろう?天才パントマイマーとしての才能がお前にも流れているわけだ」
貴陰の言葉に、糸目はため息をついた。それから呆れ顔で問う。
「どういうおつもりですか?ご自身の許嫁と霊盲の男をくっつけようとなさるとは」
「この私よりもあの清水藤太くんの方が結衣を幸せにできるということさ。幼馴染だからね」
そう自信満々に言う主人を、糸目は訝しげに見ていた。従者のその視線に気づいた貴陰は、ニヤリと笑って続ける。
「これはお前にとっても得なことかも知れないぞ。もしあの二人が上手くいって、私と結衣の婚約が解消されれば、お前の妹が次の候補になる可能性も出てくる」
「……なるほど」
糸目の声色が変わった。
「それは面白いですね。良いでしょう。それでは私は、この私の全力を尽くして、あの二人を恋仲にして見せます」
新たなキューピッドの誕生を満足げに見ながら、貴陰は言う。
「まあ、今はそう焦るな。あの観覧車は、二人にとって因縁深い場所なのだ。あそこへ向かわせたことで、結果が吉と出るか凶と出るか、それは彼ら彼女ら次第だね」
夕日が沈み始め、周囲は赤い光に照らされていた。
その茜の光をガラス越しに浴びながら、二人は宙へと登っていく。観覧車の小さな室内で、二人は向かい合って座りながらも互いに目を向けず、無言で外の景色を見ていた。
「……これ、昔乗ったの……覚えてるか?」
まるで独り言のようなトーンで、藤太が聞く。少しの間が空いてから、彼岸が頷いた。
「覚えてる。ここは……私があなたをフった場所」
その彼女の言葉が、藤太の閉じていた記憶の蓋をこじ開けた。少し前に見た夢のことを思い出す。
【なぜ自殺してはいけないのか】
あの時の作文、俺はなんて発表したのだったか。そして彼岸はなんて書いたのだったか、思い出した。そうだ、あれこそが俺たち二人の、全ての始まりだったのだ。
藤太の記憶は過去に飛んだ。
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