第13話〈貴陰の楽しい仲間達〉

トイレから出てすぐ、藤太はレイコちゃんが三人の男達と話しているのを見た。『レイコちゃん』とは言ったが、雰囲気からしてどうやら彼岸に戻っているらしいと推測できた。


「あららあ。ナンパかしら」


彼岸の容姿ならば十分あり得ることだ。早足で彼女の元に向かうが、道中聞こえてくる会話の内容から、どうも彼岸の知り合いらしいことが分かった。呼吸を整えつつ、声をかける。


「お待たせー。お姉さん、どうしたの一体。大丈夫―?」


「あ、清水くん……」


 若干困ったような、助けを求めるような視線を藤太へ向ける。知り合いではあるが、彼岸にとってあまり好ましい相手では無いようだ。男三人のうちの一人、リーダー格と思われる糸目の男が藤太を見てニヤッと笑った。


「へえ、あなたが結衣さんのお友達ですか。しかし……貴陰様の許嫁ともあろう方が、男と二人きりで出かけるというのは、いかがなものでしょうね」


 ネチネチとした、あまり感じの良くない言い方をする糸目の男を、彼岸は睨みつける。


「貴陰さんからのお許しはもらってるから。あなたにそんなこと説教されるいわれはないわ」


「貴陰様の御心の広さに甘えてばかりいるのは感心しませんよ。あなたからは草葉家の嫁になる女としての自覚が見られない」


 ニヤニヤと笑いながら言う男の、その細い目の奥は笑ってはいなかった。言い淀む彼岸と彼との間に藤太が割って入る。


「あのー、えっとぉ、お兄さん達は誰なんです?」


「貴陰さんの金魚の糞よ」


 男達ではなく、彼岸が答えた。糸目はまた小さく笑った。


「これは口が悪い。貴陰様の許嫁たるもの淑女でなくてはなりませんよ」


 糸目の後ろに控える二人もまた交互に言う。


「そもそも本来、彼岸家など貴陰様とお近づきになれる立場には無いんだ」


「所詮は斜陽の一族。貴陰様とは釣り合わない」


 少しの間が空いてから、糸目が小さく「……ま、そう願ってますけどね」と呟いた。


 また数瞬の間を置いた後、彼岸が誰もいない方向に目を向けつつ「そんな当然のこと、あなたに言われなくとも分かっているわ」と言った。


「私にも覚悟がある。私はお父さんからの期待を背負っているの。彼岸家のためにも、貴陰さんに相応しい嫁になるって」


 糸目達は何も言わずにただニヤニヤと笑っている。彼岸も無言のまま、神妙な顔で頷いた。


 一連の流れを、藤太は困惑しながら見ていた。何かがおかしい。それぞれの会話が微妙に噛み合っていない感じがする。しかし、藤太はこのような状況にはもはや慣れっこでもあった。


 つまり、この中に霊がいるのだ。貴陰の取り巻きは三人だと思っていたが、おそらく実際は、四人以上いる。見えないメンバーを交えて、藤太が参加しようのない会話が目の前で行われている。


 唐突に、彼岸が焦ったように顔を上げて藤太を見た。少ししてから、男三人も藤太へ目を向ける。その場の全員の視線が藤太へと注がれた。


「え、なにぃ?」


「ちょっと、待って。その人は、清水くんは……」


 困惑する藤太を擁護するように、彼岸が言う。状況から察するに、霊が何か藤太に話しかけているようである。しかし藤太にはそれが聞こえない。


「清水くんには、あなたの声が聞こえないの。その……つまり……」


「霊盲ですか。初めて見ました」


 糸目が興味深そうに言いながら、希少な珍獣でも見るかのようにまじまじと藤太を見つめた。その目がどうも不愉快で、藤太は顔を顰めた。


 糸目はまたニヤッと笑って彼岸に言う。


「草葉家の許嫁ならば、友人は選ばないといけませんね。このような者と関わっていたら、草葉家の格までも貶めることになりかねない」

 

「何よ、その言い方。あたしの友達を侮辱しないで!」


 声を張り上げる彼岸を無言で静止してから、藤太は冷静を装いつつ糸目を真っ直ぐに見つめた。


「確かに、まー、俺は霊盲です。要は障害者よね」


 話しながら、ポケットから出した『飲むヨーグルト』にストローを刺した。それを吸って、ため息を吐くと、藤太は糸目を鋭い目で睨みつける。


「でもさー、だからといって蔑まれるいわれはないと思っちゃうんですよねー。この前、そういう差別発言をした議員がクビになったじゃ無いっすか。駄目だって、そういう考え方は。そういう思想の持ち主が側にいちゃったら、それこそ『貴陰様』の器までたかが知れちゃうなーって思っちゃうんだけど、どうでしょうね?」


「まさかお前、貴陰様の器が小さいとでも言いたいのか⁈」


「ふざけるな!膀胱はでかいぞ‼︎」


 などと言って激昂する男達を抑えつつ、糸目は藤太へ吐き捨てるように言った。


「……この欠陥人間が」


「だからそういうのが駄目なんだって。馬鹿だなー……」


 藤太と糸目が睨み合う。そんな一触即発の空気を破るように、トイレからようやっと貴陰が現れた。


「諸君、待たせたねぇ。取り込み中かい?」


 糸目は体ごと貴陰へ向いて恭しく会釈をした。

 

「何も問題はございません。しかし、貴陰様。恐れながら進言させて頂きます」


 言いながら、彼岸に軽蔑の眼差しを向ける。


「私はやはり、このような女を奥方として迎えることには賛同しかねます」


「お前は、この私にも臆すること無く意見をしてくる。そういうところは好きだよ」


 糸目の言葉を華麗に受け流す貴陰であったが、糸目は流されない。


「話を逸らさないで頂きたい。私は、私の敬愛する貴陰様の更なる飛躍を思えばこそ、このようなことを申し上げているのです」


 やれやれ、と苦笑いをして首を振った貴陰は、そのまま糸目を含む男達の背を押した。


「さあ、行こう。この素晴らしい幼馴染二人の友情に水を刺してはいけないではないか」


「このような下賎の女よりも、我が妹の方が貴方様に相応しい……っ」


 糸目の言葉を流しつつ、藤太と彼岸に向けてウインクをして、貴陰は男達と共に去って行った。



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