第12話〈遊園地に行こう〉

当日は焼けるような日差しの猛暑日であった。


 テーマパークの名を冠した私鉄の駅に着き、改札を通ったところでちょうど目の前に落ち着いた色合いのワンピースを着た少女が目に止まった。


「遅い!これはもう無期懲役、執行猶予なしね。って、結衣ちゃんが言ってたよ!」


 無邪気に笑いながら駆け寄る少女の顔をまじまじと見て藤太は言う。


「レイコちゃんか。最初から憑依済みは初めてねェ」


「えへへ、確かにそうかも。その方がさ、あたしと二人っきりって感じがするでしょ?」


 嬉しそうなレイコちゃんと二人並んで歩く。ちらりと横目に彼女を見ると、視線に気づいたのか目が合った。


「なあに?」


 クスッと笑いながら聞くレイコちゃんに「なんでもなーいよ」と返した。声色も表情も、彼岸とはまるで違う。服装も、普段の彼岸から考えれば若干子供っぽすぎる気がするファッションだがレイコちゃんのキャラクターにはよく似合っている。同じ体なのに中身でこうも変わるものかしらと思う。


 とてもじゃないが、彼岸の演技とは思えない。もし演技だとしたら相当な苦労だろう。そこまでして俺と関わることに何のメリットがあるだろうか。


 そのようなことを考えているうちに園内に入る。真っ先に目に止まったのが海賊船型のアトラクションだ。ブランコのように大きく揺れるちょっとスリリングな乗り物である。


 見た瞬間、幼い日の思い出の断片が藤太の脳裏に過った。そうだ、やっぱり俺は昔ここに来たことがある。彼岸と一緒に。


「あれ乗ろうよ!」


 はしゃぐレイコちゃんに、藤太は無意識のうちに答えた。


「でもお前、あれめっちゃ怖がってたじゃないの。乗れるのー?」


 言ってからハッとする。それはかつて彼岸と来た時の記憶だ。あの時何も知らずに端の席に乗った二人は、その想像以上の揺れによって非常に強烈な恐怖を味わったのであった。特に彼岸は半泣きになったのを覚えている。


 レイコちゃんに対し、まるで彼岸を相手にするような言葉を言ってしまった。そっと彼女の反応を待つ。彼女はニコニコ笑っていた。


「確かに、だから真ん中の方の席が良いな!ちょうど良いから」


 二人はそう長くない列に並び、アトラクションに乗った。当時の記憶と比べて段違いに怖くない。藤太は拍子抜けしてしまった。こんなもんだっただろうか。中心部の席に座ったからだろうか。


「思ったより全然平気だった!今度は端っこでも大丈夫かもね」


 レイコちゃんも同じ感想を持ったようであった。次のアトラクションへ向かう途中、藤太はふと思った疑問を口にする。


「そういやさー、霊って絶叫系怖いの?普段からその辺ふわふわと飛んでるんでしょー?あまり怖く感じないんじゃないのん?慣れてそう」


「いつもは、重力を感じないもん。今は生きた人の体に入ってるからめっちゃ重力の影響を受けるから、あの落ちる時のフワッとする感覚もあるんだよ。それが苦手なんだよね」


 なるほど、そう言うものか、と藤太は納得する。そうこうしているうちに次の目的地に辿り着いた。いわゆるフリーフォール。高い塔にくっついている椅子が垂直に急降下、急上昇を繰り返す。高所恐怖症の人間は卒倒確実の乗り物だ。


「さっきの船も大丈夫だったし、これも大丈夫かも!」


 妙に自信満々にレイコちゃんは言った。今さっきの重力苦手の話からして、このアトラクションは彼女の天敵のようなものだと思うが、何も言わずに乗ることにする。


 いざ乗ってみると、その威力は想像以上であった。ジェットコースターも割と平気な藤太ですら苦手に感じるほどの、強烈で純然たる落下の恐怖を味わえた。


 これのどこがアトラクションなんだろうか。割とシンプルな拷問と違うかな。


 などと考えつつ隣を見ると、レイコちゃんが目をぎゅっと閉じ、真一文字に結んだ口から声にならない声を漏らしていた。こういう時はいっそ目をあけて悲鳴を上げた方が逆に怖さが薄れるというものだが、苦手な人にそれを強いるのは難しい。


 アトラクションが終わった頃には、彼女の目には涙が浮かんでいた。恐る恐る藤太は尋ねる


「大丈夫う……?」


「うん。でも、ちょっと休憩させて」


 涙を拭いながら、レイコちゃんは言った。空いていたベンチに座ってうずくまる。


「絶叫系は克服できた、って思った私がバカだった……」


「まー、さっきのはだいぶレベル高かったと思うよ。俺も怖かったもの」


「本当?やっぱりあれは怖いよね?」


 レイコちゃんが少しずつ元気を取り戻すのを確認して、藤太は提案する。


「とりあえず、あまり怖くないやつを制覇していこうよ。アトラクションは何も絶叫系だけじゃないしねー」


 言いながら、手を差し伸べる。レイコちゃんは少し照れた様子でその手を取った。


 それから二人は子供でも楽しめるような、怖さの無いアトラクションを選んでいった。コーヒーカップやメリーゴーランド、ゴーカートに、巨大迷路なんかもあった。それらを巡りながら、藤太はかつて来た時とほぼ同じルートを辿っていることに気がついて、一人苦笑いした。


 あの時も確か、彼岸が絶叫系を嫌がっていたのでそれらを避けつつ周っていたのだ。


 フリーフォールのダメージからある程度回復したらしいレイコちゃんが提案する。


「少し高さのありそうなやつも乗ってみようか!」


 というわけで、高いところで回転する空中ブランコに乗ってみる。これは多少のスリルはあるがそれ以上に楽しさが勝る、良いアトラクションであった。レイコちゃんも大層気に入ったらしく、二回連続でこれに乗った。


 やがて、休憩がてらに売店に寄る。たこ焼きやポテトなどの軽食を買って、近くのテーブルに座った。


「はいチーズ!」


 チーズハットグと共に藤太を撮るレイコちゃん。相変わらず彼女は食べることよりも撮影に夢中である。こういうところを見ると、やはり霊で間違いないのではないかと思えてくるが。


「ちょっとお手洗い行ってくるわ」


 そう言って、藤太は席を立った。近くのトイレに入り、小便器の前に立つ。直後、

マスコットキャラの耳型カチューシャをつけた背の高い青年が隣にやって来た。


「やあ、連れション失礼するよ」


 草葉貴陰であった。藤太は驚きの声を上げる。


「たッ……かかげさん……なんでここにぃ?」


「偶然さ」


 相変わらずの蛇のような笑みを浮かべる彼を、藤太は訝しげに見た。偶然——そんなはずはない。そもそもこのテーマパークのチケットを彼岸に渡したのは貴陰なのだから。


「それで、何の用でー?」


「ふふ、なるほど。私の嘘は通じなかったか。この私の高度な虚言が通じないと言うならば、キミはやはり、結衣の語る虚言も見抜くことができたのでは無いかい?」


「レイコちゃんが、彼岸の演技っていうやつですか」


 藤太は深くため息をついた。


「今のところ、そうは思えないんですけどねー……。レイコちゃんのあのキャラが、偽りだとはとても思えないし。今日だってアトラクションを楽しんだり怖がったり、とても感情豊かで、あれが演技とはとても思えないなあ」


 ……でも、と藤太は続ける。


「今日二人でこの園内を周ってて、すごく懐かしい気持ちになったんすよねー。以前にも俺は彼岸とここに来たことがあって、その時を思い出した。最初に恐い乗り物に乗って、その後に口直しみたいに楽しいやつだけを選んで行って、そういや前来た時も同じ流れだったなーって。それと、彼女の反応も」


 ここまで話して、藤太は一人ふと思う。もしかしたら、貴陰が俺達をこのテーマパークに誘導したのはこれが目的だったのでは無いかと。かつて彼岸と二人で来た思い出を辿らせようとしたのでは無いかと。


 いや、流石にそれは考えすぎか。


「なるほどねぇ……。つまり、キミはこう言いたいわけだ。『レイコちゃん』は、幼い頃の結衣と似ている。そして『レイコちゃん』は嘘では無い、と。だとすれば、だ。私が思うに……」


 放尿しつつ、頭だけ藤太の方に向いて、貴陰は言う。


「現在の、学校での『彼岸結衣』の方が嘘で、『レイコちゃん』が彼女の本性なのでは無いか?」


「……え?」


 そのタイミングで、藤太は用を足し終えた。まだまだ出続ける貴陰が「レディをあまり待たせるものじゃない」と言うので、藤太は貴陰を置いて、先に手を洗ってトイレを出た。



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