第11話〈疑惑のレイコちゃん〉

「今日もお弁当を作ってきたから。……私じゃないわ。レイコちゃんが、よ!だから食べなさい」


 顔を背けつつ彼岸が差し出す弁当箱を、藤太はいつものように受け取った。ここ最近、ランチタイムはレイコちゃんの弁当を食べるというのが恒例になっていた。最初の時とは違い、藤太の要望により箱のサイズは常識的な一人前の大きさになっている。


「ありがとねー。それで、レイコちゃんは?」


「今日は、ちょっとコンディションが悪いから降霊できないのよ」


 言いながら彼岸は視線をチラリと背後に向ける。男子学生二人が遠目にこちらを見ていることに気づいたのだ。少し前まであまり生者の寄りつかない場所であったこの屋上にも最近は訪問者がちらほら現れるようになった。


 原因は明白。先週の草葉くさば貴陰たかかげ訪問事件である。あれ以降、皆の彼岸を見る目が変わった。あの貴陰の許嫁であるという点から、彼女に畏敬の念を持った者、ある種の嫉妬心を向ける者、様々だが、とにかく今、彼岸は学校中の注目の的であった。


 そして、それは藤太もまた同様であった。貴陰と何やら密談を交わしたということで、その内容や三人の関係性などについての様々な憶測が、今も学内を飛び交っていた。


「レイコちゃんって、ほら、あまり人目につくのが得意じゃない子なの。だから、今はあまり出てこれないって」


 目を泳がせながら、彼岸が言う。藤太は弁当を食べながらあの日の貴陰が言っていたことを思い出した。


「話を聞く限り、噂の『レイコちゃん』は、キミと結衣二人だけの時しか出てこないそうだね。それはつまり、周囲の霊が見える人間に、『レイコちゃんなんて霊はいない』って知られるのを恐れてのことでは無いかい?」


 もしも貴陰の言うことが正しいとすれば、『レイコちゃん』は彼岸が演じているということになる。しかしそれにしてはあまりにキャラも態度も違いすぎる。もしかすると、いわゆる二重人格の類いなのだろうか?


「違うね。あれはあくまで結衣自身。異なる人格などでは断じて無い。彼岸結衣は非常に演技力に長けた女性なのだ」


 またもや貴陰の言葉が思い出された。それと、藤太自身が口にした疑問も。


「あれが演技とは到底思えないんすけどね……」


「結衣は常に複数の仮面を使い分けている。歴史ある名家の娘としての顔。親に対し従順で素直な娘としての顔。尊大で気の強いクラスメイトとしての顔。甲斐甲斐しく慎ましく、気配りができる許嫁としての顔。そのどれもが彼女自身であり、また真の彼女では無いとも言える。『レイコちゃん』は言うなれば、結衣が新たに生み出した毛色の違う仮面に過ぎないのだよ……まあ、信じるかどうかはキミ次第だがね」


「……ねえ、美味しいの?美味しくないの?なんとか言ったらどうなのよ」


 彼岸の問い詰めるような言葉が、藤太の思考を現在に引き戻した。


「あー、うん。美味いよん」


「なにその適当な返事。もっと感動しなさいよ」


 不満げな表情で、彼岸は自身の手元は視線を落とす。その手にはまた絆創膏が貼られていた。藤太は飲むヨーグルトにストローを刺し、それを吸ってから一息ついて答えた。


「そうだねー、まずこの卵焼きなんだけど。最初の時より綺麗になってる。一回目は味は良かったけど、形は少し崩れてたもんね。すごい成長じゃない」


「本当?」


 嬉しそうに目を輝かせた後、彼岸は我に返って目を瞑り、ツンと顔を逸らした。


「って、何を偉そうに批評しちゃって。清水きよみずくんのくせに生意気よ」


「あなたが返事が適当って言うから、ちゃんと批評してやったんじゃない」


 呆れ顔の藤太を片目に見ながら、彼岸はさらに言う。


「他には?」


「ほか?」


「良いところ」


 物欲しげに見つめる彼岸。藤太はストローを咥え、少し考えてから羅列した。


「盛り付けが綺麗、焼き鮭の塩加減がちょうど良い、きんぴらのシャキシャキ感が好き、ほうれん草のおひたしが美味い、えー、米がよく炊けてる、あー、梅干しがよく漬かってる、あと、弁当箱が綺麗……」


「最後の方やっつけになってない?」


 そう言いつつ、彼岸の口元は抑えきれない笑みを浮かべていた。


「とにかく、まァー美味かったよ。うん。そう伝えといておくれ、レイコちゃんにさ」


 藤太がまとめる。彼岸は一瞬固まった後、ハッと思い出したかのように頷いた。


「そうね、ええ、もちろん伝えとくわ。レイコちゃんに」


 冷や汗を流しながら笑う彼女を見ながら、藤太はまたヨーグルトを吸った。


 これは——もしかしたら本当に貴陰の言った通りなのかもしれない。それにしたってボロを出すのが早すぎるが。


しかしそうなると、疑問なのは彼岸の目的だ。何を考えて彼女はこのような事をしているのか。貴陰に言わせれば素直になれない彼岸の恋心ということになるが、藤太の頭はそれを易々信じられるほどお花畑では無かった。


そもそも、彼岸が自分に恋をする事などはありえない。藤太にはそれが分かっていた。これは何も、藤太が卑屈であるが故の考えでは無い。様々な現実が絡んだ上の結論である。


家格の復興を目指す霊媒師の旧家、彼岸家。その娘である彼女が、藤太のような霊盲の人間と結ばれるような事はあってはならないのだ。


それは彼岸結衣一人の感情でどうこうなる問題ではない。彼女の家全体の問題なわけである。


「っていうかさー、俺たちこんな人目のつくところで一緒にいて大丈夫なの?前はあんなに警戒してたじゃないの」


「良いのよ。貴陰さんからのお許しが出たから。「友人との交流は大事にすべきだ。特に、幼少からの付き合い、幼馴染であらば尚更の事」ですって。レイコちゃんのこともちゃんと話して、納得してもらえたから」


 貴陰の意図としては、友達付き合いでなく恋愛的な意味で俺達を付き合わせようとしている感じだが——さすがに彼岸にそれは言わなかったのか。


 そのようなことを考える藤太に、彼岸はチケットのようなものを差し出した。

 

「今度の休日はここに行きましょう。貴陰さんがくれたの。レイコちゃんも行きたがってるわ」


 チケットを受け取って見ると、地元近くにある見知ったテーマパークの名前が書かれていた。


「あれ、ここ昔行ったよね?」


「そうだったかしら。覚えてないわ」


「……あ、そー」


 とりあえず、待ち合わせの予定を決めて、その日の昼休憩は終わった。



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