第9話〈天下無双の草葉貴陰〉
クレープを食べに行ってから2日後。いつも通りに月曜日が始まり、藤太は憂鬱な気持ちで登校した。
駅から学校に向かう満員のバスに乗り込む。イヤホンのノイズキャンセリングをオンにしているため喧騒は薄れているが、全てゼロにできるわけではない。車内は同じ学校へ向かう制服姿の学生ばかりで、彼ら彼女らの会話の中には、霊を交えて話していると思わしきものもあった。
急に肩を叩かれ、藤太は驚き振り返る。そこには『学校一の美男子』、王子信春がいた。ガムを噛みつつ、いつものようにニヤニヤ笑って何かを話しているため、藤太はノイズキャンセリングをオフにした。
「おい、聞いてるかー?」
「ごめん、もう一回」
「なんだよ聞いてなかったんかよ。霊の気分が分かるわー。お前、いつも霊に対してノイキャンしてんのな」
霊の言葉は別に聞きたくないわけじゃなくて聞こえないのだが、藤太は面倒で訂正はしなかった。王子が先程言っていたらしいことをもう一度話し始める。
「藤太ってさ、結衣と幼馴染なんだろ?」
「まあ、一応。小学校から」
「なるほどな。仲良いんだろ?」
藤太は少し考え込んだ。仲良いか、と言われれば別に良くはない。小学校時代に仲違いをしてから最近までほとんど会話も無かったのだ。
とはいえ、ここ直近の数週間くらいで言うと、それなりに会話をしている。ほとんどレイコちゃん絡みの話だが、それでも生者嫌いの彼岸とまともに会話できているのは、少なくとも学内では自分くらいなものだろう。
「まァー……ぼちぼち」
「なんだそりゃ。仲良いんだろ?」
「そう言うことにしとこうかな」
王子はガムをぐちゃぐちゃ噛みながら、内緒話のために藤太へ近づいた。
「俺、結衣と付き合いたいんだ。協力してくれよ」
「はあー?」
「良いだろ?友達の頼みだ。聞いてくれよ」
グレープの香りを吐きながら言う。藤太は王子のことを友達と思ったことは一切無いのだが、何やら認識の違いが起こっているらしい。
この頼みを受けたとして、藤太自身にメリットがあるとは思えなかった。そもそも自分が何かしたとして、彼岸と王子をくっつけることは叶わないだろうし、そんなことに協力すれば彼岸に何を言われるか分かったものじゃない。
それに何より、王子のような男を彼岸に近づけるのは藤太自身が何か嫌だった。
「ていうか、あの子、彼岸って許嫁いるでしょ」
「そんなもん、親の決めた縁だろー?愛の力には勝てねーって」
使い古されたラブコメのようなことを言い出す王子を呆れ顔で見ながら、藤太はどう断ったものか考えていた。
「彼岸の許嫁、誰だか分かってるん?あの『草葉家』の本家の人間よ?天下人天下人」
「関係ねーよ。そんな奴、俺がぶっ飛ばしてやる」
飛ばせば解決する話では無いと思うが、なぜか自慢げに、王子は拳を握った。藤太は脅すように話を続ける。
「彼岸の許嫁……『
これは山田から聞いた話で、いわゆる都市伝説のようなものである。どれほどの信憑性があるかは分からない。
「なんて奴だ。そんな男を結衣と結婚させるわけにはいかねぇな」
王子はより発奮してしまったらしい。
「場合によっちゃ、バスケで勝負してやっても良いぜ」
当然のように自分の得意なフィールドに持ち込もうとする王子を見て、藤太はまたため息を吐いた。
そんな話をしているうちに、バスは学校前に停車した。人混みに流されて降りると、校門の前に長いリムジンが停まっていた。
「なんだこれ?」
王子が驚きの声を上げる。周囲を行く学生達も困惑し、口々に何やら噂話をし合っていた。
校内に入ったあたりから、藤太は違和感に気がついた。何かがおかしい。学生も、教師陣も何やら色めき立っている。周囲の噂話に耳を傾けると、このようなことを言っていた。
「草葉家の跡取り息子ですって!」
何やら胸騒ぎがして、藤太は足を早めた。
「おい、待てよ!」
王子が後から着いてくる。クラスに近づくにつれて人の数は増えていき、教室の周囲に至っては人混みに囲まれて簡単に進めない始末であった。
間違いない。どうやら……俺達のクラスにこの騒ぎの元凶がいる。
そう確信した直後、人混みの奥から山田が現れた。藤太と王子に向けて声をかける。
「あ、二人とも大変だ!あの人が来た!」
「あの人?」
「
藤太は背筋が凍るような感覚を味わった。
草葉貴陰。彼岸の許嫁。草葉一族の中でも卓越したその実力から、草葉家次期当主候補筆頭と噂されている大物だ。確か年齢は藤太とそう変わらないはずであった。
その貴陰が、なぜこの学校の、この教室に訪ねて来たのか。理由は簡単、許嫁に会うためだろう。しかしそれならばわざわざ学校の始まる前に押しかける必要は無いはずである。何か緊急の事態でも起こったのか、例えば……許嫁との関係を揺るがす何かがあったとか。
それに関して、藤太には思い当たる節がありすぎた。
「すげーぜ!あの人、美男美女の霊達を大量に侍らせてる!オーラが違うよやっぱ!カリスマ性の塊っていうかさ……」
そう言う山田に促され、人混みを掻き分けた隙間から教室の中を見る。この学校の制服とは違う、より高級感の漂う学生服を身に纏った高身長の青年がそこにはいた。
どこか蛇か狐を思わせるその顔立ちは非常に整っており、スタイルの良さも相まってメンズモデルとしてやっていけそうな出立ちとなっている。耳には高そうなシンプルデザインのピアスがついている。目元の泣きぼくろと共に独特の色気を醸していた。
どうやら、許嫁である彼岸と何やら話しているらしい。遠目に見て、心なしか彼岸が萎縮しているように藤太には思えた。
ふと横を見ると、王子が唖然として人混みの中心に立つ貴陰を見つめていた。先程の威勢はどこへやら、貴陰の持つ雰囲気に圧倒されている様子であった。
視線を下に伏せて話していた彼岸が、一瞬顔を上げたそのタイミングで、偶然こちらを見て藤太と目が合った。
その瞬間、まるで彼岸の視線の先に気づいたかのように、草葉貴陰が藤太の方へと振り向いた。
貴陰はニヤッと笑って指を鳴らすと、傍に立っていたSPのような男二人が藤太の元へ近づいて来た。
「え?え?」
あれよあれよと言う前に、藤太は人混みの中心へ、草葉貴陰の目の前に連れて来られた。
彼岸が小さく悲鳴のような声を上げて、不安げな目で藤太を見る。藤太は心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、目の前の青年を見上げた。
草葉貴陰はしばらく観察するように藤太を見た後、蛇のような笑みを浮かべた。
「キミが、
藤太は息を呑んだ。初見で自分の苗字を正しく呼ばれることなど、初めての経験だったのだ。これはすなわち、「お前のことは細かく知っているぞ」という、無言の圧のように感じられた。
貴陰は言葉を続ける。
「キミはどうやら、あれらしいね。『完全霊盲』。霊を全く知覚することのできない人間。前時代の……遺物か」
人混みの中から嘲笑のようなものが聞こえた。そちらへ一瞬目を向けた後、貴陰はさらに続けた。
「死への強い恐怖に囚われたままの、我々とは大きく異なる人種」
それは直接的な差別発言であった。
「……えっと、馬鹿にしてるのでしょーか……?」
藤太は思わず反論した。とは言っても、目の前の男に聞こえるかどうかという小声ではあるが。
どうやらそれは貴陰の耳に届いたらしく、彼はまたニヤリと笑った。
「違う、むしろ逆さ。キミのような『霊盲』の人間を、私は誇りに思っている」
顔を近づけ、藤太にしか届かないくらいの小声で、彼は語り出した。
「人類が霊を知覚するようになる以前と以後で、『死』に対する扱いは全く変わってしまった。今の世の中、心の底から死を恐れ嫌う者など、そうはいない。どころか、むしろ死をある種の救済、安楽と考えて自ら望む者が増えているのが現状さ。しかし——本来『死』というものは畏怖の念を持って接するべきものだ。『恐れる』ことが死というものに対する『敬意』なのだよ。今の世間で死に正しく敬意を払う者はほとんどいない。しかしキミは違う。死に対する尊敬を持っている。だから私は、キミを気に入っているのだよ」
何か裏のありそうな、怪しげな笑みを浮かべる貴陰に、藤太はなんと答えれば良いか分からなかった。
「ふふふ、さてさて、私はキミに用があるのだ。しかしここでは聴衆が多すぎるねぇ……人払いを」
そう言って指を鳴らした直後、周囲にどよめきが走った。
「れ、霊が消えた!」
山田が驚きの声を上げた。どうやらたくさん集まっていた野次馬の霊達が、一瞬で皆姿を消したらしい。
「人聞きが悪いね。別に消滅させたわけじゃあない。学校の外まで移動してもらっただけさ。数時間はこの敷地に入れない」
貴陰が言う。それはつまり、霊避けの札すら使うことなく学内の霊を全て追い出したということだ。とてつもない能力。これが霊能一族『草葉家』次期当主の実力か。藤太は冷や汗を流した。
「さて、あとは生者だねぇ」
そう呟くと、貴陰はまた指を鳴らす。今度はSPや教師陣が動いて、山田や王子を含む観衆たちを強制的に解散させた。
「男子トイレはどこにあるかな?」
その場所を教師に聞いてから、貴陰は彼岸に声をかける。
「キミの幼馴染、少しの間借りるよ」
「か、彼に何をする気ですか……貴陰さん」
不安げに問う彼岸。貴陰はまた蛇のように笑って彼女の頭にポンと手を置いた。
「そう心配することは無いさぁ……」
それから藤太の方へ向くと、また手招きをした。
「さあて清水藤太くん。それでは連れションと洒落込もうではないか」
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