第6話〈王子信春のしりとりゲーム〉

「おはよう、清水シミズくん。今日も馬鹿みたいな顔してるわね。消えてくれないかしら」


 彼岸が朝の挨拶をしてくる。藤太は飲むヨーグルトのストローを咥えつつ机の上で腕を枕にして頭を置いた体勢のまま、目だけで彼岸を見上げた。


「おはよー。わざわざ罵倒しに来てくれちゃって、どうもありがとうございます。ほんと」


「罵倒されてお礼を言うなんて、あなたもしかしてドMなの?気色悪い。こっち見ないでくれる?」


「いや?違うけど。彼岸ってそう言うの好きなのかなーって。お前に近づいてくる奴って霊かドMしかいないじゃん」


 彼岸はお馴染みの冷たい目で藤太を睨みつけてから、自席に去っていった。入れ替わるように山田が藤太の席に近づいて、聞く。


「おいおい、この初夏の日に、もしかして雪でも降るのか?あの彼岸さんが自分からおはようを言いに来るなんて。藤太、いつのまにあんな仲良くなったの」


「今の会話を仲良しと捉える奴がいる限り、この世からイジメは無くならないんだよな」


 藤太は飲むヨーグルトをゆっくり吸って、ため息を吐いた。


 学校一の美男子あるいは学校一の美少女と呼ばれる人間は、総じて性格が終わっている。というのが藤太の持論であった。この場合の『学校一の美少女』とはつまり彼岸のことである。


 彼女のその手のエピソードは枚挙に暇がない。告白してきた者に対して言葉責めでこっ酷く振っては、敢えて霊の友人達を場に集めて、その醜態を噂話として学校中に拡散させたり。


 彼氏が彼岸に惚れたせいで破局に至ったと彼岸を恨む女子生徒とその友達グループに対しては、霊を駆使した独自のルートでグループ全員の弱みを見つけ出し、脅し透かしで操って、グループ内に不和を生じさせて内部分裂を起こさせたり。


 そういった苛烈な伝説の数々から、彼岸はその容姿の可憐さゆえの憧れのみならず、ある種の畏怖の念を学校中から向けられていた。


 さて、一方で学校一の美男子というものも、いると言えばいる。しかしそれは藤太から見て言うほどのものか?といった容姿の男であった。


 まあ無理もない。彼岸という学校内の美少女一位がいるため、ならば男子の一位も必要だろうという謎の気遣いから生まれた存在だ。イケメンではあるが、学校一というほどかと言われると疑問符が浮かぶ。そういったレベルの男子生徒が選出されていた。


 しかし、経緯がどうあれ、学校で一番の容姿と持て囃されれば、謙虚さが失われ傲慢になってゆく。特に情緒の安定していない思春期であれば尚更のこと。


「あ、王子くんよ!」


 一人の男子生徒が甲高い声を出した。その友達グループから「キャー」「すてきー!」という野太い声が上がる。隣のクラスの王子おうじ信春のぶはるがやって来たのだ。歓声を上げたのは王子と同じ男子バスケ部の面子であった。


「おい、野郎の声はいらねえよ」


 ヘラヘラ笑いながら、王子が言った。彼こそまさに、一応この学校一番の美男子とされている男である。


 王子信春のイケメンポイントその一。苗字が『王子』。


「おい王子〜。お前、今日ボタン開けすぎだろ!生活指導の原先にまた言われるぜ!」


「良いじゃねーか、目の保養だろ?」


 王子が冗談めかして言う。友人達には大ウケであった。


「女子が喜んじゃ〜う!」


 周りの女子生徒達が、可笑しそうに笑う。それを横目にちらりと見て、王子はまた得意げにニヤニヤ笑った。


王子信春のイケメンポイントその二。校則違反ギリギリの、着崩した制服と明るい髪色。


「試合も近いんだから、あんま教師に目ぇつけられることすんなよな〜」


「大丈夫だって、王子は天才エースだぜ?いざってなったらコーチか監督がなんとかしてくれるって」


 王子信春のイケメンポイントその三。バスケがめちゃうま。


 しばらく、空いた席に座って友人達と談笑していた王子だったが、やがてチラチラと、彼岸の席へ視線を送り始める。賑やかな王子の周りとは対照的に、彼岸の周囲は静かなもので、彼女はまた洋書の続きを黙々と読んでいた。


 やがて、王子はおもむろに立ち上がると、彼岸の席へ向かって行った。彼の意図を察した友人の一人が茶化すように口笛を吹いた。


「おはよう、結衣。なに読んでるんだ?」


 王子信春のイケメンポイントその四。彼岸を下の名前で呼べちゃう。


 一応は、お互い学校一の美形と並び称される者同士。この学校内でほぼ唯一、彼岸と対等の立場にあると言える。そのため、他の生徒達と比較して彼岸に声をかけるハードルが低いのだ。それと、王子自身がそもそも誰にでも話しかけれるコミュ強ということもあるが。


 読書を邪魔された彼岸は忌々しげな目を王子へ向けた後、何も答えずにページをめくった。


「シカトすんなよ〜。あれ、これもしかして英語の本?すっげ〜。あ、俺も実は小学校の時に英会話習ってたんだよ。この本のタイトル、なんて書いてるか当てよっか?」


「うるさい。邪魔。消えて」


 王子に目もくれずに、三つの単語だけを羅列する。王子はやれやれ、と肩をすくめた後、次のおもちゃを探してキョロキョロとクラス内を見渡した。


 それはすぐ見つかった。


「お、藤太いるじゃ〜ん。去年ぶり!」


 ヘラヘラ笑いながら、彼は今度は藤太の席に近づいた。一学年時に同じクラスだった二人は一応面識があるのだ。


「ああ、おひさ」


 藤太はめんどくさそうに答えた。王子はその隣にいた山田としばらく談笑した後、ニヤッと笑って、友人達を呼ぶ。


「なあ、しりとりしねーか?」


「お、良いね」


「やろうやろう」


 王子とその友人達がゾロゾロと藤太の席の周りに集まった。なぜ、俺の周りで……?と思う藤太であったが、王子の目を見て、なんとなく彼の思惑を察した。


(あー……)


 それから、王子達のグループと、山田と、強制参加の藤太とでしりとりが始まった。


「『り』からな!『りんご』」


「おい、捻りないな〜。じゃあ、『ゴマ』!」


「『マリモ』」


「いきなり変化球かよ笑。じゃあ、えー、『モーターバイク』」


「『クマ』!」


 山田が答えた後に、藤太が何か言おうとするのを王子が静止した。


「藤太、順番飛ばすなよ!」


「あ、おお」


 藤太は飲むヨーグルトを吸った。少しの間が空いた後、「次、藤太だぜ!」と王子が言う。


(あー…………。なるほど、面白い)


 そう考えた後、藤太はため息を吐いてから渋々答える。


「……『マッチ』」


「おいおい、『マ』じゃねーよ。『ヒ』だよ!ちゃんと聞いてたか〜?」


 王子がヘラヘラと笑った。友人達も笑う。山田が少し気まずそうに笑いながら、そっと藤太に教える。


「『マントヒヒ』だってさ」


「あー、そう」


 俺の前に答えた霊は、『マントヒヒ』と言ったのか。


「山田〜。言うなよ!つまんね〜な」


 王子が苦言を呈する。それから、また続けようとしたその時、背後から声がかかった。


「私も参加して良いかしら?」


 彼岸が立っていた。王子は少し驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに迎え入れた。


「おお、もちろん!良いよなみんな!」


 メンバーが一斉に色めき立つのを不快げに見つつ、彼岸は王子へ言う。


「なんなら、あなたと二人だけでやっても良いんだけど」


「え?二人でしりとり?」


「ええ。しりと『り』だから『り』からで良いわね?『リキュール』」


 急展開に戸惑いを見せる王子を、彼岸が冷酷な目で睨む。


「早く答えて」


 王子は気圧されるように答えた。


「えっと……『ルーズリーフ』」


「『フットボール』」


 彼岸が即答する。少し間を置いてから、王子が返す。


「る……『ルーマニア』」


「『アルコール』」


「えっ、と……『ルールブック』」


「『クメール』」


「また『る』⁈……っと……『ルビー』」


「『ビール』」


 見事な『る攻め』であった。王子が毎回悩み抜いて捻り出した言葉に、彼岸は『る』で終わる単語を即答する。いつのまにかクラス中の視線が二人に集まっており、言葉を詰まらせるたびに王子は衆目の中で知識を絞らねばならず、次第に額から脂汗が流れてその顔は赤くなっていった。


「……『ルパン』!」


 ついに王子自らしりとりを終わらせた。このまま、る攻めを受け続けるくらいなら負けで良いと思ったのだろう。彼岸は少しつまらなそうな顔で黙った後、ニヤリと笑って言った。


「『ンムクジプットゥルー』」


「も、もう勘弁してくれ!」


 王子が悲鳴のような声を上げた直後、朝のチャイムが鳴った。王子は慌てて自身の教室へと戻って行き、クラスの面々もそれぞれの席へと戻って行った。


 あぜんとして一部始終を目の前に見ていた藤太へと、去り際に彼岸が囁く。


「あんな陰湿なイジリを平然と受けてるんじゃないわよ」


 彼岸は藤太の仇を取ったのだ。流石の藤太もそのことは理解できた。去って行く彼女の背に向けて、藤太は無言で会釈をした。




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