第3話〈霊の友達レイコちゃん〉

ストローの刺さったパックの『飲むヨーグルト』を片手に持ちつつ、藤太は彼岸の後ろをついて廊下を歩く。互いに無言であるためか、周囲の生徒達が噂する声が時折耳に届いた。


 噂話のパターンは大きく分けて二つ。一つは学校中から注目されている孤高の美少女、彼岸結衣に向けられたもの。彼女の美貌に対する男子達の憧れの声や、性格の悪さに関する女子達の陰口などだ。そして二つ目は、『霊盲』である清水藤太の話題。哀れみや好奇、見下したり馬鹿にするようなコソコソ話も稀に聞こえてくる。


 すれ違った男子生徒二人が、藤太を見てニヤリと笑った。藤太はストローを咥えてヨーグルトを吸った。


 そのような茨の道を超えて、二人は屋上にたどり着いた。この日は五月にしては気温の高い、いわゆる夏日であり、日陰の無い屋上に生きた人間は誰一人いなかった。藤太には見えないが、もしかしたら霊はいるかもしれない。


 張り巡らされたフェンスを見ると、自殺防止の張り紙が貼ってある。


『公共の場での自殺はダメ絶対‼︎後始末をする人たちの気持ちを考えよう‼︎』


「……で、俺に何の用?」


 藤太が聞く。彼岸は周囲をキョロキョロと見ながら「ここは霊の目が多過ぎるわね……」と呟くと、懐から四枚のお札を取り出した。藤太は驚きの声を上げる。


「おいおい、そんな高価なもんどこで手に入れたのよ」


貴陰たかかげさんからもらったの」


『貴陰さん』とは彼岸の許嫁。名門『草葉家』のお坊ちゃんである。


 彼岸は自身と藤太の周囲を囲うように、四枚のお札を屋上の地面に貼っていった。霊除けの結界というやつだ。この札に囲われた範囲には霊にとっての壁のようなものができており、外部の霊は侵入できないし中の様子を見聞きすることもできない。


「これで良し」


「なによ、厳重だな」


 そんな機密事項でも話すのか?藤太は少し身構える。


「お前が俺にどんな用があんのさ」


「別に私はあなたに用事なんて無いわ」


「はー?」


 藤太はポカンと口を開ける。彼岸は何やら偉そうに胸の前で腕を組み、小首を傾げて見下すような視線を藤太へ向けていた。


「困るなァ」


 藤太がぼやく。ここまでしておいて、何も無いなど、意味が分からない。そう言いたげな彼に向けて、彼岸は話を続けた。


「用があるのはこの子よ」


 そう言って彼女は、自身のすぐ隣を指し示した。誰もいない。藤太はため息をついてストローを咥えた。


「……またこのパターンか……俺は見えないって知ってんでしょー?」


「あら、そうだったわね」


 白々しく彼岸は言った。先ほど結界を作った際に、霊を一体だけ、中に入れていたらしい。藤太は二人きりだと思っていたが、実際は三人いたわけだ。


「この子、私の親友なの。『レイコちゃん』って言って、とても良い子なのよ」


「そうかい、霊が親友なんて、悲しい人だこと」


 ストローを咥えてヨーグルトを吸う藤太を、彼岸は忌々しげに睨みつけた。


「悲しくないわ。だいたい、本人の前で霊を見下すような発言をするのは失礼よ」


 隣に向けて気遣うような目を向けつつ、彼岸は言う。ヨーグルトを飲みながら、藤太は気持ちのこもらない謝罪を口にした。


「ああ、悪かった悪かった。で、そのレイコちゃんがなんだってのよ?」


「この子あなたのことが好きらしいの」


 口に含んだヨーグルトを、藤太は盛大に噴き出した。彼岸は「ひぁぁっ!」と小さく悲鳴をあげて藤太から距離を取った。


「ちょ、ちょっと⁈何するの汚いじゃない!」


「好き?霊が?俺を?なんでそーなるの?」


 口元を拭い、軽く咳き込みつつ、藤太は聞く。今のヨーグルト吹き出し騒ぎで動揺していたらしい彼岸は、少しの間胸に手を当てて呼吸を整えた後、クールな調子を取り戻して答えた。


「あなたの……んんっ、その口が悪いけど根が優しいとことか、ダウナーに見えて意外と頼りがいあるとことかが好きなんですって。それと……シンプルに顔が好みって」


「はぁ……」


 困惑気味な藤太に対し、彼岸が諌めるように言う。


「あなた、こんな可愛い子に好かれてるのに、その態度はなんなの⁈もっと喜んだらどうなのよ?」


「いや、だから可愛いも何も見えねぇっつってんでしょうて。だいたいさあ、霊ってやつは性欲が無いんじゃないの?人を好きになったりすんの?」


「せ、性欲ってあんた何言ってんの⁈恋心が全て性欲に直結するわけじゃ無いでしょ⁈あなたのような、下卑た欲望に踊らされる下衆な男とは違って、レイコちゃんはとっても無垢な子なのよ!純粋にあなたのことが好きで、心の底から恋してるの…………って、何を言わせるのよ⁈」


 若干赤くなりつつ、一回咳払いを挟んでから彼岸は言った。


「と、とにかく!一度レイコちゃんと話してみたら分かるわ。きっとあなたも好きになるから」


「いや、霊を好きになっても仕方ねぇだろ……それに、俺は『霊盲』よ?どうやって話せって……」


 そこまで言ってから、藤太は話の終着点に気づいてハッと息を呑んだ。目の前を見ると、彼岸が若干顔を赤らめたまま、下を向いてモジモジと手遊びをしている。


「……その、あなたも知ってると思うけど、私の家は代々霊媒師だから……」


「おいおいおいおい、まさかお前……」


「私だって好きでやるわけじゃない‼︎けど、親友のために、この役に立たない力が使えるなら良いの!」


 独り言のように呟いた後、おもむろに、彼岸は呪文のようなものを唱え始めた。


「おいやめなって——」


 藤太の静止も虚しく、彼岸は意識を失った。力が抜けたようにがくりと肩を落として顔を伏せた直後、勢いよく顔を上げて、藤太の目をじっと見た。


「か、彼岸……?」


「藤太くんだー‼︎」


 甲高い明るい声で、彼岸が言った。いや、『彼岸が』ではなく彼岸の中に入った『レイコちゃんが』言ったのだ。


「藤太くんが、あたしを見てる!嬉しいな!はじめまして!」


 彼岸の顔でニコニコと笑いながら、霊のレイコちゃんは言った。



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