第2話〈彼岸結衣は霊媒少女〉

一時限目は歴史の授業であった。いつもの担当教師が体調不良で休んでいるため、急遽代打として最近来たばかりの若い非常勤講師が担当していた。授業内容こそ悪くは無かったが、まだ慣れていないのか黒板の文字が非常に汚かったため、藤太は板書を取るのに苦労した。

 

歴史の授業というものは、あまり目新しい情報が出てこない。小学校、中学校、と一通りこれまでの歴史を教わってしまえば、高校にもなると一度はどこかで聞いたことのあるような内容が多くなってくる。徳川家康の名前など何度聞いたか分からないし、大政奉還とは何かと聞かれても大体答えられる。


 故に授業の内容も、どこか知っている内容を復習するような流れに自然となってゆく。今日取り扱っているのは近代史。今から百年ほど前の出来事。ちょうど、霊を見える人間が増え始めた時期のことであった。


 霊が見える人間が増え始めた始まりの時期を、『霊明期れいめいき』などとダジャレのような呼び方をするなんてことは何度も習っているし、その時期の混乱をまとめるのに貢献した偉人『草葉くさば陰明かげあき』の名前も散々聞いた。


 知っている内容を何度も何度も聞かされるから、歴史の授業は退屈なのだ。


「この草葉陰明氏が行った改革を総称してなんと呼ばれてるでしょうか?じゃあ、そうだな——清水しみずくん、答えてみて」


 生徒名簿から目を離し、藤太へ視線を向けて、若い歴史教師は言った。藤太は顔をしかめて呟くように言う。


「あの——『きよみず』です」


「え?」


「『しみず』じゃなくって『きよみず』なんです」


「あ、そう……ごめんなさい。じゃあ清水きよみずくんお願いします」


 教師は面倒くさそうに訂正した。


 それから数時間が経過し、昼休みになった。弁当箱を開けた藤太の元に、購買から戻った山田が合流する。


「やっと買えた〜。藤太は今日も弁当か。唐揚げくれよ」


「……ヨーグルトと交換な」


「サンキュー!お前の母ちゃん料理上手いよね」


 『飲むヨーグルト』と唐揚げがトレードされる。他愛のない会話をしながら昼食を食べていたが、ふと、山田が言った。


「そういや、三年の村木先輩が彼岸さんに告って振られたってさ」


「あいつまた告られたの?あんな性格悪い無愛想な女を好きになる野郎の気持ちが分からないんだけど」


 顔を顰めながら、藤太は白飯を掻き込んだ。


「だってあの子可愛いじゃん」


山田が至極当然の如く言う。


「おいおい、人は見た目じゃないでしょ」


「スタイルも良いし。ねえ?」


 誰もいない空間に向けて、山田は同意を求めた。藤太はストローを紙パックに刺しながら尋ねる。


「……そこに、どなたかいるの?」


「うん」


「だからさー、俺の目の前で霊と話すなっていつも言ってるでしょ」


「だって、仲間外れにするのは可哀想だろ。この子も話したがってるし。村木先輩のこと教えてくれたのもこの子だし」


 会話に霊が参加すると、今度は俺が仲間外れになるじゃないの、という言葉を藤太は飲み込み、ストローを咥えた。


「つーかその先輩も、よくもまあ霊が見てる場所で告白なんかするもんだなァ」


「だって、学校で霊がいない場所って言ったら職員室かトイレ、更衣室くらいだろ?そんなとこで告れないじゃん」


「学校外で言やあ良いじゃないの」


 霊は好奇心旺盛で噂好き。なので、人に知られたくない秘密の話をする時は、霊のいない空間で行うのが常識となっている。自宅などのプライベート空間やトイレ、風呂などはもちろん、一部のレジャー施設や、会議室、お高い飲食店の個室などには霊の侵入を防ぐお札が貼られている。


「彼岸さんが魅力的すぎたってことだな。でもあの子あれだろ?許嫁いるんじゃ無かったっけ」


 藤太の弁当からタコさんウインナーを摘みつつ、山田は言う。藤太はそれを黙認して頷いた。


「天下の『草葉家』。そこのボンボンだとさ」


「ひえー!玉の輿じゃん!」


 今から百年ほど前の『霊明期』と呼ばれる時期に活躍した霊能力者『草葉くさば陰明かげあき』。その子孫は今でもこの国で絶大な権力を持っている。政治の中枢は常に草葉家の関係者が牛耳っているほか、主要な大企業も草葉家の息がかかっているものがほとんどである。


 草葉家の者は皆、強力な霊能力を持っていると言われ、霊を自在に操ることが可能と言われている。先ほど話に出てきた霊の侵入を防ぐお札もまた草葉家が作ったものである


「彼岸の家、霊媒師としての職が無くなって没落してるのよ。だから自分達の家格を少しでも保つために、草葉家との繋がりが欲しかったわけ。そりゃーもう、哀れなくらい必死になって許嫁の席を手に入れたらしいよ」


「藤太、やけに詳しいじゃん」


「一応、幼馴染だもの」


「『幼馴染』?」


 氷のように冷たい声が二人の会話に入ってきた。驚きのあまり白飯を喉に詰まらせかけた藤太が咳き込みながら振り返ると、そこには話題の張本人である彼岸かれぎし結衣ゆいが立っていた。


「人の家の事情をベラベラと面白半分に話すような幼馴染なら、いない方がマシね。『清水シミズくん』」


 彼女の声色はもはや氷を通り越してドライアイスの如き冷ややかさを帯びていた。


「……悪かったよ」


 バツが悪そうに言う藤太を見下すように見た後、彼岸は手招きをした。


「ちょっと来てくれる?清水シミズくん。あなたに用があるの」


「あの、俺の名前は清水きよみず……」


「なに?清水シミズくん?」


 圧のこもった彼岸の言葉に、藤太は言い返すのを諦めた。



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