第1話〈清水藤太は霊が見えない〉
「おはよう!今日も顔色が悪いね!元気かい?あ、もう死んでいるのか!」
そんな冗談を言って笑う声がする。駅のホームで電車を待ちながら、
先ほどの会話の主を横目に見る。それは中年を少し越えたくらいの男性であり、何やら親しい相手と談笑している様子だ。しかし、男の視線の先には誰もいない。いや、確かにそこには話し相手がいるのだが、藤太の目には映らない、と言った方が正しい。
藤太は生まれつき、とある障害を持っている。『霊盲』と呼ばれるそれは、読んで字の如く、霊を見ることができない障害である。全人類のほとんどが霊を知覚できる現代社会において、彼はマイノリティであった。
満員電車に乗って自身の通う高校へ向かう間も、霊と会話をする人々の姿が目に入る。何もいない空間に向けて語りかける者達。藤太は身震いして電車を降りた。
学校に着き、教室に入って自席に座ると、クラスメイトの山田が声をかけてきた。
「隣のクラスの皆元さんが昨日自殺したってさ!」
開口一番これである。藤太はげんなりとしながら、紙パックの『飲むヨーグルト』にストローを刺しつつ聞く。
「なんでよ。なんでまた死んだりなんか……」
「親と進路のことで揉めて、拗ねたんだってさ。やっぱこの時期って自殺増えるよな〜」
こともなげに言う。藤太は訝しげにまた聞いた。
「なによそのクソみたいな理由はさ。そんな馬鹿なことで死ぬとか俺には到底理解できないんだけど」
「確かにな〜。でも、嘘じゃ無いよ。だって本人に聞いたから」
言いながら山田は、自身のすぐ隣を指差した。藤太から見てそこには誰もいない。しかし恐らく……いるのだろう。昨日自殺した、『皆元さん』本人が。
藤太はストローを咥えてヨーグルトを吸い、フーッとため息を吐いた。
「藤太って、確か『完全霊盲』だもんな。姿が見えないし、声や物音すら聞こえない。不便だな〜」
なんてことを言いつつ、山田は『皆元さん』と楽しげに会話を始めた。しばらくその一人芝居のようなやりとりを藤太の目の前で行った後、彼は見えない何かに向けて手を振った。
「もう行ったの?皆元さんとやらは」
「ああ。親と仲直りして、これからのことを相談するんだってさ。皆元さん自身は、両親にも死んでもらって一緒に霊になれたら良いなって言ってた」
藤太からして理解できないその話も、世間的にはそう珍しくもない。ため息をつく藤太に対し、山田はからかうように言う。
「藤太もさ、霊と話したいんだったら
言いながら彼は、少し離れた席に一人座る少女へ視線を向けた。
「あの子、確か霊媒師の末裔だったよな」
「……ああ、そうだよ」
無関心を装い、ストローを咥えたまま藤太は相槌を打った。彼岸のことなら昔からよく知っている。彼女の家系のことや、『霊媒師』のことも。
霊媒師。自身の体に霊を憑依させることができる霊能力者。かつて人類が霊を見ることができなかった時代において、生者と死者を繋ぐ唯一の存在として人々の信仰を集めていたという。しかしそれも、一般人が霊を見れるようになった百年ほど前から存在意義が失われてゆき、今や完全に廃業してしまった。
何やら噂されていることに気づいたのか、彼岸は一瞬藤太達の方をジロリと睨んだ。
長いまつ毛や、猫を思わせるパッチリとしたつり目、白い肌、肩に触れる綺麗な黒髪など、一つ一つが美しいパーツを合わせ持つ彼女はやはり学年一、いや学内一と言って差し支えない美少女であった。
幼い頃から可愛らしかった。今は少し大人びて、より魅力的に思える。ふと、無意識にそのようなことを考えた藤太は、打ち消すように首を振った。
そんな彼女の周囲には誰もいない。話をする友と呼べる者もおらず、一人で席につき、洋書のようなものを読んでいる。
「あれで性格キツくなければもっと良いのにな〜。絶対、今以上にモテるのに」
残念そうに呟く山田を、藤太は呆れ顔で見た。
「人間嫌いなんでしょ」
「というか、生者嫌いだね。あの子、霊の友達しかいないらしいよ」
「そりゃあ気持ち悪い話だね。まったく」
やがて始業のベルが鳴り、山田は自席へと戻って行った。
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