思考的実験「無頼漢の掟破り」

汚れが見当たらない清潔な空間で、人工的に清浄された空気、いくつもの部屋があって、全て真っ白なもので統一して作られ、規則正しく並べられたベッドで幾人もの人が過ごしている。

私の体はいつからか頑丈にできているようで、自分が世話になることは長い間無かった。

何より無機質であって、機械的に過ぎていくこの空間が苦手なのだ。

時が流れているようで、流れていないような。


優しく、朗らか、柔和でいつも笑っている、私の最近までの記憶に留まっている姿のその人物は顔を覗かせる度に、その人物の特徴や個性を削いでいった。

僅かの時間だったにも関わらず、最近の記憶とは違った人物に変えていくのだ。

心を蝕み、再び自分の足で歩く気力さえも奪ってしまった。

そんな姿を見た時、いてもたってもいられず、体が動くままに外へ連れ出し、気分転換をしてもらおうと思った。

起き上がる力さえも、姿勢を変える僅かな力でさえも、もう既に失いかけていることに気づいた動揺を隠し、表情を変えず、この真っ白な長い廊下の先にあるエレベーターを目指した。


清浄された空間の中の音という音はこもっていて、背景に合成されたように硬いで私たちが動いているように感じる。

窓から見える晴天の空と、緑の木々は透明なフィルムで包まれているようだ。

時が流れているようで、流れていないようなこの空間から抜け出し、なんとか外へ出た。

その瞬間に時の流れを感じ、呼吸を感じたような気がした。

それでも表情は変わらず、無、であった。

そんなとき、あっちへ行きたいと頼まれた。

しかし、それは敷地外へ出ることになり、それは固く禁じられていたことだった。

それは敷地外で出ることができない、許可が出たら、と話したら、それであればもういい、となった。

冷たさに悲しさと寂しさが篭った静かな声量でつぶやいた。

仕方なく部屋に戻ることにした。

背中に寂しげな風が吹き、木々や植物が寂しげに揺れた。


つまらぬものの時に我を貫き、こんな時にこそ貫けんやなんたる情けないことだろうか。

小さな最後の頼み事。

罪を犯すわけではない。

消えかかろうとする灯火を僅かでも灯す為に、何故それが出来なかったと後悔をするのはもうご免なのである。

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