第9話 甘くないぞ、出産育児休暇⑨

「お、うまく表にまとめてるな。」


隆人兄ちゃんが、俺の手もとを覗きこんでそう言った。


「うん。メモ書きが文章だけだと、絶対に後でわからなくなるからね。こうやっておけば見やすいし。」


「ちゃんと理解できてるからこそ、表が作れるんだ。光太郎も地頭は良いんだろうな。」


「地頭って?」


「脳の基本能力だな。普段から使っていないと、機能性が低下するのは筋肉と同じだ。」


筋肉ねぇ。


そういえば、隆人兄ちゃんって、学生の時は結構マッチョだったのをおぼえてる。


「脳の活性化には筋肉を鍛えるのが一番だ!」なんて叫んでいたのを見たことがあった。


今思い出してもヤベー奴だよな。


しかし、それがこうなるとは。俺も一緒に筋トレやっておけば良かったかも。


「出産育児休業について大事なところはそんなところかな。」


それにしても、出産育児休暇だけでもいろいろとあるんだなぁ。早めに話を聞いといて良かったよ。


「何か事前にしておくべきことってある?」


「ん?そんなもの、盛りだくさんに決まってるじゃないか。」


「えっ!?」


「まずは児童手当の運用をどうするか、それに保険の見直し、車なんかのランニングコストの大きいものをどうしていくか。まあ、考え出すとキリがないんだけどな。」


うわ~、もう頭がパンクしそうだよ。


「親になるのって大変だなぁ。」


「親なんて誰にでもなれるんだよ。重要なのは、家族にとって大事な存在と見なしてもらえるかどうかだ。そのための努力は惜しむべきじゃない。身近にいるからこそ、いざという時に何でも話せる関係性を保たなきゃならない。子どもが生まれることである意味、本当の家族になるんだからな。」


ああ、確かにそうだ。


そういえば、隆人兄ちゃんは奥さんを早くに亡くしていた。お子さんもふたりいたはずだから、結構苦労したんだろうな。


たまに家族でうちの実家に来ているけれど、すごく仲の良い親子なのが印象的だった。子どもたちが小さい頃はよく遊んだ記憶もある。


若いときの隆人兄ちゃんは遊び人のイメージが強かったから、結婚してからどうなるんだろうって母さんが言ってたんだけど、蓋を開けたらすごく良い夫であり父親になったそうだ。


今の俺の目標でもある。


「そういえば、隆人兄ちゃんは再婚しないの?」


子どもたちももう中学生だったと思うし、経済的にも余裕がありそうだから、どうなんだろうと何となく聞いてみた。


「再婚?あまり考えていないなぁ。今は会社のことで他のことはあまり考えられないし、娘なんかは『誰とつきあってもいいけど、再婚はダメ』なんて言ってる。」


隆人兄ちゃんは笑いながらそう言った。


「香菜ちゃん、新しいお母さんは嫌なんだ。」


隆人兄ちゃんの娘さんは香菜ちゃんという。


「そりゃあ、そうだろうな。香菜にとっては母親はひとりだろうし、俺も他人を家に入れることに抵抗がある。あ、他人って、子どもたちにとってのことだけどな。まったく知らない人が生活の一部に入ってきたら、摩擦が生まれるのがあたりまえだろう。誰得?って感じじゃないか。」


そんなことを言いながら、隆人兄ちゃんはまだ奥さんへの想いを強く持っているんじゃないだろうか。


今でも奥さんの命日と誕生日には、奥さんが好きだったケーキが夕食後に並ぶって香菜ちゃんが言っていた。


俺も遥香がそんな目にあったら、どれほど悲しいか想像もできない。


「そっか。それじゃあ、恋人もつくれないね。」


「え?いや、それはそれだろう。」


は?


何それ?


美談のように心の内で思っていたら、この人恋人いるのかよ。


「つきあっている人いるの?」


「ツキあっている人くらいいるさ。」


んん?


なんだか言葉のニュアンスがおかしくない?


おお、遥香がドン引きしてるぞ。




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