第7話 甘くないぞ、出産育児休暇⑦
「次に育児休業について説明するけど、こちらは光太郎にも関係する話だな。」
そうだった。
産休は母親だけしか取れないけれど、育休は父親も取れるんだよな。イクメンを目指す俺にとっては重要だ。
「結論から言うと、育児休業中にも給与は出ない。」
ガァ~ン!
何となく予想していたけれど、ガァ~ン!!
「やっぱりそうなの?公務員でも無給休暇ってこと?」
「これは法律の問題で、『育児休業は1歳未満の子どもを養育するための休業』として、育児・介護休業法に定められているんだ。だから、育児休業の申し出は法律に則って、一定期間労働者が労務提供義務を消滅させるということになる。要するに、会社側は育児休業の申し出を拒むと、違法行為をしたことになるんだ。逆にいえば、有給休暇は労働義務のある日についてのみ請求できる権利だから、育児休業中に取得する余地はない。」
「ややこしい話だね。育児休暇を取る時は有給休暇を併用できないってことかぁ。」
「原則としてはな。」
「え、どういうこと?」
「2019年4月から有給休暇は事業主─会社が年に5日は時季指定して、計画付与させるようになっている。簡単にいえば、有給取得率を上げるために、各事業の繁忙期を避けてきっちりと取得させなさいという時季指定義務が労働基準法によって課せられたわけだな。これに違反すると対象の労働者1人につき1罪として、30万円以下の罰金が規定されている。」
「ああ、確かに、最近は有給休暇が取りやすくなったって先輩が言ってたよ。そういった規定があるからなんだね。」
「そう。この決まりごとに影響するのが育児休業なんだが、育児休業の申請以前に計画付与された有給休暇については有効とされている。」
んん?
ややこしいな。
あ、そうか!?
「うちの会社は出勤日がシフト制だから、繁忙期以外で有給休暇を取りなさいってことしか言われてない。ということは、育児休暇を申請する時に前もって有給休暇の計画付与日を設定できればOKってことだよね?」
「そういうこと。あくまで労働者側の意思が尊重されていれば問題になりにくいからな。会社と要相談ってわけだ。」
「上司よりも総務に相談した方が話が早そうだね。」
遥香が口をはさんだが、その通りかもしれない。
上司も人によっては有給休暇や育児休暇のことを何も知らないみたいだしね。
「うん、その方が良さそうだ。」
「ふたりとも理解が早くて助かるよ。」
「しかしすごいね。ファイナル・プランナーって、そんなことまで詳しいんだ?」
「いや、どうかな。このあたりの話は社会保険労務士の範疇だぞ。」
「そうなの?」
「投資商品には関連性がないし、保険も医療保険に出産時の入院や手術が関連するだけだしな。コンサルティングをメインとしていたり、勉強熱心な奴なら当然おさえている知識なんだろうが。」
「たとえば、保険の相談をショップにしに行った場合、そんな話はしてくれないのかな?」
「質問したら答えてくれるとは思うけど。ただ、物売り─営業の鉄則として、相手に余計な情報は与えない、雑談に発展して商談が長引くような真似はしないというのがあるからな。俺がそこの店員だとしたら、『ここに詳しく記載されてますよ』とか言って、厚生労働省のホームページを案内するね。」
「ええ、ドライだなぁ。営業って、お客様と仲良くなるのが仕事って聞いたけど。」
「ああ、それ昭和や平成のやつな。自分の親父さんにでも聞いたんだろう?」
「え、よくわかるね?」
「まあな。今の時代だと、物の売り方も二極化しているんだ。高齢者を相手にする場合は光太郎のいうような営業手法が適切だろう。ただ、今のZ世代が相手だと、そんな手法はあまり響かなくなっているそうだ。」
「僕らもギリギリそのZ世代だと思うけど。」
「君らふたりは、良い意味でX世代に近い気がするな。」
「X世代?」
「Z世代は幼少期からインターネットやスマホを自由に使えて、積極的に情報を得たり発信する世代といわれている。だから物を購入する時も、あまり人の意見に左右されずに自分に合ったものを選ぶ傾向にあるそうだ。流通関係のクライアントからは『商売がやりにくくなった』と、よく愚痴を聞く世代だな。まあ、それが悪いわけでも何でもない。単に売り手と買い手のギャップが埋められないだけで、そういったところのコンサルティングを行うのも俺たちの仕事だからな。」
すげー。
隆人兄ちゃんって、マジですげー。
世代間ギャップって確かに大きいよな。
遥香と一緒に暮らすことになって、家電品を買いに行った時に、売り場のおっちゃんが何を言ってるのかよくわからなかったのはきっとそういうことだよね。
よくわからないオヤジギャグ言って、ひとりで笑ってるのを見てドン引きした覚えがある。
「じゃ、じゃあ、X世代ってのはどんな感じなの?」
「昔に聞いたことがあるけど、ふたりとも中学卒業まではスマホ持たせてもらえなかったよな?」
「え、うん。」
「うちもそうでした。」
「そういった世代は、テレビや家族からの情報もインターネットのそれと同等に重要視する傾向にある。要するに、いろんな意見に耳を傾けて、最終的には自分たちで熟考して決めるってことだ。」
「今、こうやって隆人兄ちゃんの話を聞いているみたいに?」
「それだけじゃなく、お母さんの意見を聞いて俺に連絡をとっただろう?そういった行動力もX世代の特徴だな。」
「んー、それだとZ世代をディスってない?」
「そんなことはない。自分で調べて決断する。それに責任が伴えば、言うことがないのがZ世代だ。」
あー、迷惑行為を何も考えずに動画投稿したりすることとかかな?
みんながみんなそうじゃないと思うけど。
俺はちょっと残念な気分になった。
「あ、光太郎。おまえ何か勘違いしてるだろう?」
「え?」
「俺はX世代はジェネラリストタイプ、Z世代はスペシャリストタイプが多いって言ってるんだぜ。」
「え、あ、そうなの?」
ジェネラリストは幅広い分野に渡って様々な知識を持っている人で、スペシャリストはひとつの分野に特化した高度な知識を持った人だっけ。
隆人兄ちゃんらしい言い回しだね。
確かにそれだとディスってるわけじゃない。世代ごとに得意分野や特徴が違うってだけだな。
ごめん、隆人兄ちゃん。
勘違いしていたよ。
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