第7章:「包囲された真実」
サラのアパート。
窓際に立つミアの表情に、不安の色が濃くなっていた。街の空気が、明らかに変わっていることを感じ取っていたのだ。
「サラさん、何かおかしいわ。警察の動きが……あきらかに普段と違う」
サラは無言でうなずき、精密な観察を始めた。彼女の目が、瞬時に街の異変を捉えていく。
「警察車両の増加率:平常時の4.2倍。不審な人物の徘徊:56%増。街全体の緊張度:平常時の3.7倍」
サラの分析を聞きながら、ミアは急いでノートに何かを書き始めた。彼女の頭の中で、複雑な計算が行われている。
「こうなったら、もうあの計画を実行するしかないわ」
サラは興味深そうにミアのノートを覗き込んだ。そこには、複雑な脱出経路と緻密な時間割が記されていた。一見すると、不可能とも思える計画だ。
「成功確率:38.7%」
サラが呟く。しかし、ミアは自信に満ちた表情で首を振った。
「ううん、サラさんがいれば、必ず成功するわ。あなたの能力があれば、この確率は倍以上になる」
ミアの言葉に、サラは微かな温もりを感じた。彼女の中で、何かが変化し始めている。
「了解。作戦開始」
二人は準備を始めた。ミアの天才的な頭脳が生み出した緻密な計画を、サラの卓越した実行力が形にしていく。一つ一つの動きが、精密な歯車のように噛み合っていった。
サラは、アパートの隅に隠してあった特殊な装備を取り出した。それは、彼女が普段の「仕事」で使用する道具だった。しかし今回は、人を傷つけるためではなく、二人の命を守るために使うことになる。
「装備チェック完了。性能:最適」
サラの声に、ミアは頷いた。彼女も自分なりの準備を進めていた。小型のコンピューターを操作しながら、街の監視カメラの映像をハッキングしていく。
「サラさん、警察の動きが分かるわ。でも、これじゃまるで戒厳令状態……なぜこんなことを……?」
ミアの声に、僅かな震えが混じっている。サラは、その変化を見逃さなかった。
「恐怖:自然な反応。しかし、今は冷静さが必要」
サラの言葉に、ミアは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「ごめんなさい。大丈夫よ、私たちならきっと……」
ミアの言葉が途切れたその時、街中に警察のアナウンスが響き渡った。
「全市民の皆様にお知らせします。危険人物の捜索のため、不要不急の外出はお控えください」
二人は、一瞬言葉を失った。状況は、彼女たちの予想を遥かに超えて悪化していた。
「サラさん、計画を前倒しするわ。今すぐ行動を開始しないと……」
サラは無言で頷いた。彼女の頭の中では、既に新たな行動プランが組み立てられていた。
「了解。脱出経路:変更。新ルート:地下通路経由」
ミアは、サラの提案を即座に理解した。彼女のノートに、新たな経路が書き加えられていく。
「準備はいい?」
ミアの問いかけに、サラは短く答えた。
「肯定。出発」
二人は、静かにアパートを後にした。階段を降りる足音さえ、ほとんど聞こえない。サラの動きには無駄が一切なく、ミアもそれに合わせるように静かに動いていた。
アパートの裏口から外に出ると、二人は素早く身を隠した。街には既に異様な緊張感が漂っていた。パトカーのサイレンが遠くで鳴り響き、時折ヘリコプターの音も聞こえてくる。
「移動開始。目標:地下通路入口。距離:約500メートル」
サラの指示に従い、二人は影に紛れるようにして移動を始めた。ミアは、小型のデバイスで周囲の状況を確認しながら進む。
「サラさん、3時の方向。警官が2名」
サラは即座に状況を判断し、新たな経路を選択した。
「方向転換。9時の路地を使用」
二人は、息を殺して路地に身を隠した。警官たちが通り過ぎるのを、静かに待つ。
その時、ミアの目に何かが光った。路地の奥に、小さな扉が見える。
「サラさん、あそこ……」
サラも既に気づいていた。その扉は、地図には載っていない秘密の通路につながっているようだった。
「未知の経路。リスク:高。しかし、選択の余地なし」
二人は、その扉に向かって駆け出した。サラが素早く鍵を解除し、二人は中に滑り込んだ。
扉の向こうは、予想外に広い空間だった。どうやら、古い地下施設のようだ。
「興味深い発見。この施設の存在:未確認」
サラの声に、ミアも同意した。
「ここを使えば、警察の目を完全に逃れられるわ」
二人は、暗い通路を進んでいく。サラの優れた夜間視力と、ミアの記憶力が、彼女たちを導いていく。
歩いていく中でミアは時々通路の壁を触り何かを確認しているようだった。
「ミア:不明な行動」
「ん……ちょっとだけ準備をしてるの、気にしないで、サラさん」
二人がしばらく歩いていると、遠くに光が見えてきた。出口だ。
「サラさん、外の様子は?」
サラは、慎重に状況を確認した。
「警察の姿:なし。しかし、注意は必要」
二人は、ゆっくりと外に出た。そこは、街の郊外だった。まだ警察の捜索の手が及んでいない場所のようだ。
「ここまでは順調。次の目標は?」
サラの問いに、ミアは少し考え込んだ。
「まずは、安全な隠れ家を確保しないと。それから、イザベラ警部の正体を暴く証拠を集める必要があるわ」
サラは、静かに頷いた。
「了解。行動開始」
二人は、新たな目的地に向かって歩き出した。街の喧騒は遠ざかり、彼女たちの前には未知の道が広がっていた。
サラは、横を歩くミアの姿を見つめた。そこには、もはや恐怖の色はない。代わりに、強い決意が宿っていた。
「ミア、あなたの強さ:予想以上」
ミアは、サラの言葉に微笑んだ。
「あなたがいてくれるから。私たち二人なら、きっと真実にたどり着けるわ」
サラは、その言葉の意味を理解しようと努めた。そして、彼女の中に生まれた新しい感情に、名前をつけようとしていた。
それは、信頼。そして、絆。
二人の旅は、まだ始まったばかりだった。しかし、彼女たちの心の中には、既に大きな変化が起こっていたのだ。
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