第32話 本の棚
シマさんへさよならを告げ、ぼくは家へ帰った。もう外は暗くなっていた。
家には母さんも父さんもまだ帰っていなかった。玄関先のあかりをつけて、手を洗い、二階へあがって、じぶんの部屋へ入った。
カーテンを閉めてない窓から図書館がみえた。今日、入れた窓ガラスもみえた。
それから、なんのきなしに、部屋の本棚を見た。そこには、これまで森ノ木図書館で読んで、この本の、この世界はどうしもほしいとおもって、手に入れた本がつまっていた。 駅前の本屋で買った本もあるし、買ってもらった本もある。古本屋で探してみつけた本もあった。
どれも、森ノ木図書館で読んで知った世界だった。
たとえば、最初に買ったこの本は、大冒険物語、世界一大きな木を登る話。読みながら、主人公と一緒に、のぼったつもりになった。
この本は、奇妙なカラクリだらけの屋敷から、脱出する話。読みながら、どきどきした。はらはらした。
これはずっと地下に暮らす人たちが、青い空をもとめて、地上へ向かう。読み終わったあと、外に出て、空をみたくなった。
こっちは、しゃべる猫といっしょに、拾った竜の子どもを育てる話。読み始めてから、次の日は、近所の野良猫をじっと観察してしまうようになった。
この、自然の中に生えた薬草で、いろんな動物たちの病気を治す女の子を読んだ後、薬ぎらいをあらためた。
これは海を歩ける能力をもった少年の話。ぼくも海でためしてみた。
どれも読んで心がおおきく動いた本だった。やったぞ、こんな本に出会えてしまった、まるで、打ったことはないのに、ホームランを打ったようなきもちになった。読んでよかった。生きててよかった。生きていれば、また本が読める。
でも、すべて森ノ木図書館がなければ、出会わなかった世界だった。この本棚にある本は、すべて。
もちろん、この本棚だけの本は、ぼくが出会った世界の一部でしかなく、もっと、たくさんの世界へいった。この本棚にはないけど、おぼえている世界あるし、きっと、もう、わすれてしまっている世界もある。少しねばればおもいだせそうな世界もある。
こっちの世界での手がかりになった世界もある。
かっこうつけて、友だちにむかって、つかってセリフもある。
この、からだの中の血と同じ量くらい、つまっている気がする。あの場所で、つめこんだものは、いっぱいあって、からだの中を流れたり、光っていたり、熱をもっていたりしている気がする。
見えないけど、ある気がする。
森ノ木図書館はなくなる。なくなってほしくない、でも、なくなる、消えてなくなる。
ぼくにはどうにもできない。シマさんと、ジタバタしてみた。ジタバタのやり方もわかってなかった。ジタバタにすらなってないかもしれない。
森ノ木図書館はなくなる。止められない。
でも、ぼくは、これからも本を読む。
読み続ければ、森ノ木図書館のことは忘れることはないし。
いつか死んでしまう日まで読めば、死んでしまう日も、森ノ木図書館のことを、おぼえているにちがいない。
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