第28話 おじぎ

 モップを取り出し、それからまずは一階の床をすべらせた。 

 本の無い本棚の合間をぬうようにして、ふいてゆく。迷路みたいだけど、迷うことはなかった。この図書館の本棚の位置はすべてわかっている。なにもきめてないままふきはじめたので、とちゅう、シマさんと正面衝突しかけた。シマさんは、その際「文明の衝突をしかけた」と、いった。たぶん、ただ言っただけだった。

 貸し出しカウンターの前のモップをかける。貸し出すときに使っていた機械もないし、ファイルがおさまった棚も空だった。カウンターの方はもう誰かかが、きれいにふき取ったあとだった。

 階段もモップをかける。上からシマさんが、下からぼくがモップをかけた。階段の幅はせまいので、ちょっと、へんそくてきなモップのかけかたをする。丁度、真ん中で、ぼくたちは合流した。

 二階へ戻って、二階もモップがけをする。陽が沈みはじめたのか、少し、窓の外がオレンジ色にみえた。すると、シマさんが「こっちだ、少年」と、ぼくを呼んだ。一階と二階にとまるエレベーターの前だった。「ここもモップる」といった。モップるとは、シマさんが身勝手に創作した言葉だろう。

 エレベーターの中も掃除する。このエレベーターにのるのは、たぶん、五年以上ぶりだった。一度、のってみたくって、図書館の外で、ちょっと、こけて、足にちょっとしたケガをしたとき、つかう必要はなかったけど、つかった。

 エレベーターで、一階までシマさんとならんでおりる。

 一階につく、ふたりでならんでおりる。モップがひっかかって、つまった。ぼくが、さきにどうぞ、と、ゆずる心を示すと、シマさんは、スカートを裾かるくつまんで、バレリーナみたいにおじぎをして先におりた。

 そして、この日のクライマックスは、シマさんのおじぎだった。

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