第20話 これくらい
二階は、そのままだった。昨日とおなじで、本棚に本はまだある。ぼくの体験した物語はきえていない。
われた窓にはられたレジャーシートのそのままだった。ちょっとした風がふき、ゆれる。
シマさんは、昨日とおなじ場所の席に座っていた。
ぼくもおなじようにその向かいの席に座る。
彼女は「では」と、いって、しゃべりはじめた。でも、すぐに「―――いや、しかし」と、いって、口をとじる。そうかと思うと「―――つまり」と、いった。
それでも、つづきは何もいわず、だまってしまった。
あげく「うー、うーむぅ」と、うなりだす。
ちょっと、バグったアプリみたいだった。
それでも、やがてシマさんは顔をあげた。
「われわれのやり方は、イマイチなのかもしれない」
しみじみといいって、頬杖をつく。視線は窓のレジャーシートのほうにあった。
われわれ、っていったな、ぼくもカウントされているんだな、イマイチの原因に。
なにがどうイマイチなのか、インタビューしてみよう。
「シマさん」
よびかけると、シマさんは頬杖はついたまま、目だけうごかしてこっち見た。
ここでようやく、ぼくのなかに、この人は何者なんだろうか、と、きほん的なぎもんがわいた。わいたというより、ふっかつした。
彼女との出会い方が、さながらロケット花火のような勢いがあったので、すっかり、あとまわしにしていた。
でも、どう聞こうか。
「きみは、何者」
けっきょく、そのまま加工なしで聞いていた。
「ん、わたしは何者なんだ?」
おなぜか、しつもんを、しつもんで返して来た。
しつもんを、しつもんで返されたので、そのしつもんにたいして答えようとかんがえた。
でも、シマさんが先にいった。
「この図書館の館長になるつもりの者だった」
「それはきいたよ」
「というか、きみは、わたしのことを、まだまだ、わかっていない」
「だから、こうしてわかろうとしている」
「わたしは沼だよ」
沼。どういう意味だろう。想像力があかるくないほうに、活動しそうになるひとことだった。
ここはゲームチェンジをねらおう。ぼくは姿勢を整えながら座りなおした。
シマさんを見る。
「シマさんは、本を読むは好きなんですか」
「まあ、お見合いのような」
と、彼女はいった。
「うん、好きだよ、本を読むのは好き。いえいえ、君ほどじゃないかもしれないがね」
「どんな本が好きなの」
「愛だよ、愛―――愛のチカラの延長線上で大きな目的が達成される物語が好き」シマさんはなにも迷わずいった。「勇気も好き。勇気で乗り越える物語もいい。しかも、セリフの中で、愛しるー、とか、勇気でー、とか、じゃんじゃん、出てくると、なおヨシ」
しみじみといった様子で言う。
さらにシマさんは、こういった。「本気だよ、本気でいってますよ、これ」
「こちらとしては、うたがったおぼえはないよ」
と、ぼくはこたえた。
それでも、シマさんはなお「本気の本気だからね、好きなの、愛と勇気のチカラで、どんな困難も最後はクリアする物語。セリフで、愛と勇気を言うような物語が好き」と、ネンをおすようにつづけた。
まっすぐに目を見ていってくる。まるで、ぼくを説得するかのようだった。
せっかくなので具体的に、本の題名を聞いてみたいな。
と、思っていたら、シマさんは椅子から立ち上がった。
「ま、今日の最終回は、このくらいとしよう」
これくらい。
いや、まだ、なにかやったてごたえはない。
「明日になったら、この二階の本もぜんぶ運び出される」
シマさんにいわれ、ぼくは館内を見た。
本たちは、きれいに本棚にしまわれている。この見慣れた光景も、明日には消えてなくなる。
「明日もこの時間にここで。お互い、学校が終わって放課後に集合。遅れても少しなら、待つ。だから、三日村くんも、わたしが遅れた場合は、少しだけなら待ってね」
そういう言い方をされ、もしかして深読みが必要なのか考えたものの、すぐにやめて「うん」と、返事をしておいた。
「まあ、今日は今日の最終回があるし、明日は明日の最終回があるもさ」
シマさんは腰に手を添えながらいう。
翻訳がいまいちなスーパーヒーロー映画の字幕みたいなセリフに聞こえた。でも、彼女には妙に似合っている、しっくりきている。
そんなふうに思っているところへ、シマさんはいった。
「最終回のために、わたしたちにできることは、あるからさ」
そんな、気になることを。
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