第21話 心が音を
そして、明日になった。
つまり、昨日の明日は、今日で、今日は今日になる。
ぼくはシマさんと森ノ木図書館の二階に立っていた。本棚も、机もある。でも、本棚に本は一冊もなかった。本のない本棚だけが並んでいて、まるで骨だけにされたみたいだった。
ここ数日、ぼくは、よくぼうぜんとしていた。この図書館がなくなると知ったときも、ぼうぜんだし、一階から本がすべて持ち出されたときも、ぼうぜんとした。今日も、ぼうぜんとした。
そして、ぼうぜんとしているぼくへ、シマさんはいた。
「このときを待っていた」
どういう意味だろう、ぼくは彼女を見て「シマさん?」と、名も呼んだ。
シマさんはいった。
「今日は金曜日、わたしがこの図書館に入れなくなるのは、日曜日、つまり、今日を入れて、あと三日ある」
なにをいっているのかわからず、ぼくは、とりあえず「だいじょうぶかい」と、なげかけた。
相手のとらえかたによっては、失礼な言葉だった。でも、シマさんは、へっちゃらだった。
というか、きっと、あまりぼくの言葉を聞いていない。
彼女は自分の中のもりあがりに、こうふんしていて、夢中になっているようだった
では、いったい、彼女はなにを待っていたんだ。このときを、といったけど。
このすべての本がうばわれてしまった図書館で、なにを。
「三日村くん」
「はい」
「掃除しよう」
「掃除」
ぼくはシマさんを見た。りりしい表情をしている。
それこそ、しっかり掃除しそうな人の表情だった。
ぞく、っとしたといえば、した。
「どうして掃除を」
「いま明かそう」
どうして掃除を、と聞いたのに、いま明かそう、という回答は、どんな展開につながるのだろうか。
すごい気になる。
「この森ノ木図書館はわたしのおじいさんがつくった―――そうえいえば、ここがむかし森だったって、話は知っている?」
「うん、聞いている」
「この図書館をつくるとき、わたしの祖父は森の精霊と約束したんだって」
「なるほど」と、ぼくはいった。
それから三秒くらいしてから、いった。
「その森の精霊、いったん停止でいいかな? 審議に入りたい」
「審議って―――あれのこと? たとえばさ、サッカーの試合で言う、VAR判定って感じのことかな」
「うん、それだね」
「あと、たとえば、お相撲の勝負でいったら、物言い、ってことかな」
「うん、それだね」ぼくはそういって、つづけた。「あのさ、もう、たとえばはいらないよ、たとえ話の在庫放出は」
「いや、まだ在庫は入るはず、ぎゅうぎゅう、詰め込めば、はいるはず」シマさんは、きほん的には、ぼくのうったえを無視だった。「夢だって、人生に、ぎゅうぎゅうにつめこむべきだ」
後半の部分は、そうぜつに、何をいっているのか、わかりにくかった。
なので、それは聞き流す。
「あの、シマさん。森の精霊は、ちょっと、ぼくには、その」話している途中で、ぼくは言葉を選んでいった。「高尚すぎて。むしろ、高尚を通り過ぎて、高尚じゃなくなっているかも」
「わたしだってすぐに受けれる話だとは思ってないよ、三日村くん」
そういわれたとて、このまま心穏やかに聞いていける話なのか。その不安はあるよね。
「まあ、図書館の最終回だかさ」
シマさんはここで、またそれを言った。ぼくは心の中で深呼吸してから「図書館の最終回」と、だけ言った。
「そう、図書館の最終回にふさわしい、エピソードを生み出そうと思って。この最後のとき、ここを使って」
「どういうこと」
「この図書館の無くなる理由は、お金のあれこれのせい。それが本当の理由、ゆるぎない真実」
シマさんは窓の外へ顔を向けながらいう。まるで、この世界でいちばん退屈な話をしいるみたいな様子だった。
「本当の理由はそれだからさ」
もう一回、つまらないハンコを押すみたいにいった。
それから、少しだけ口もとに笑みをそえて、こっちを向いた。
「本当の理由より、いっそ、遥かに超すごい図書館の最終回を、わたしたちここに捏造するんだ」
それは頼みでもなく、さそいでもなく、命令でもなく、とにかく、それらのどれにもあてはまらない感触の言い方だった。
感想をいうなら、おもしろい。
「この図書館が無くなる、理由をじぶんたちで決めることに決めた」
言い切る。言い切るこの感じ。
この感じは。なんだろう。
そうだ、わかった。この感じは。
マンガだ。マンガで、まるまる一ページをつかったようなシーン、そのときに、キャクターがいう、悪い世界をすべて蹴散らすような、決めゼリフを読んだときみたいな気分。
ぼくのこれまでには、なかった言葉を知った気分。じぶんもどこかで、それを言いたいと思ってしまう気分。
それに、すごくちかい。
いや、ちょっと、時間がたってば、もしかして、まてよ、となるかもしれない。
でも、耳にしたいま、この瞬間だけは、光にみえる。
ああ、こんなことを言う人が、ついにぼくの前にも現れたんだ。
いろいろ想って、すべてが心の中心へむかって、こー、光った。こういう、おもしろいことは好きだ。
心が音をたててた。それは、心臓以外の音だった。
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