第15話 明かり

 いまにしておもえば、彼女がぼくへ手をあらうようにしむけたのは、あんぱんを手渡しするための、ふくせんとも考察できる。

 いや、ぐうぜんか、その可能性は、ばくだいにある。

「あいたよ、扉」

 シマさんが扉のよこにある機械に、カードをあてると、かちゃん、と大きな音がなった。自動ドアじゃないので、とってをひっぱってあける。

 それを、少しはなれた場所でみていると、シマさんが顔をはんぶん、こっちに向けて、にい、と笑って「スパイみだね」と、いった。

 ぼくは「いまの、カメラ目線みたいだね」と、感想をつたえた。

「スタァの素質があるからね、わたし。けどまだまだ、それを自由にひっぱり出したり、ひっこめたりと、つかいこなせない。もし、つかえこなせるようになったあかつきには、まあ、イチコロだよ」

 なんの話しをしているのかよくわからなかった。だから、しつもしないでいると、シマさんはそそくさと扉をあけて中へ入っていった。彼女は、ぼくが入るまで扉に手を添え、あけていてくれた。

 やさしい。

「キビンに動いてください、グズは趣味じゃないです」

 いや、やさしいさと、きびしさもあるらしい。

 それは、でも、わるいことじゃなと、思う。たぶん。

「まことに、すいません」

 ぼくはあやまりながら、扉に手を添えて、図書館の中へ入る。

 ずっと、この扉をくぐって図書館にかよってきたけど、この入り方は初めてだった。ちょっと、緊張する。

 中は明かりがついていないし、カーテンがしめてけど、まだ、外は太陽が出ているおかげで、暗すぎることはなかった。貸出カウンターにも人がいないし、利用する人の姿もない。なんだか川底みたいだった。

 それでも、光と、人がいないだけで、まぎれもなく森ノ木図書館だった。

 ぼくは「なくなるんだよね、ここ」と、いった。

シマさんは二階へつづく階段を歩きながら「大人が決めたからね」とだけいった。

 ぼくもシマさんをおって階段をあがる。階段の途中にも、椅子があって、絵本の棚があった。ここに、座って絵本を読んでいる大人もまたに見かけた。

 二階もカーテンが締め切ってあった。でも、一階より、まだ明るい。

 見ると割れた窓の部分には、あのレジャーシートがはってある。

「ぼくはつかまられたんだね」と、いった。「あのシート」

「うん、おいついた。しゅうねんだよ、しゅうねん」シマさんはうなずいた。「というか、わたしの全力疾走は、ちょいとしたものなのさ。ああ、動画に撮影しておけばよかった」

「だれが見るの、その動画」

「わたしだろうね、わたしがわたしを見る」

 そうこたえて、シマさんは二階の真ん中あたりで立ち止まる。

腰に右手を添えた。そして、くやしそうにいった。

「ええい、わたしの図書館になるはずだったのに」

「おこってるんだ」

「じんせいは、ドラマだからね。セリフでもりあげることだって、たまにはしとかないと」

 なにをいっているか、よくわからなかった。ぼくは発生した間をごまかすために、本棚の方へ顔をむけた。そして、ぞくにいう、かんしょう的になっている雰囲気をだしてみる。これで、おいそれと、シマさんも声をかけづらくなるはず。

 そんな下心でやってみたのに、でも、そのうち、心は、少しずつそっちの方によってく。

 この空間にある本棚の、どこに、どんな本がおさまっているかを、ぼくはしっている。どんな物語や、知識がおさまっているか、ほとんどわかった。

 この数年間かは、ずっと二階に通っていた。いつも、あの窓の近くの席に座って、小説を読んだ。

 いまは冒険活劇物語を読むのが好きだった。家でも本は読んだけど、本棚から出したばかりの本を、ここで読むと、なんとなく、より大冒険をしている気になった。

 たぶん、家では本をずっと読んでいられるけど、図書館には終わり時間がある。だから、図書館が終わるまでに読み切ってやろうと、まるで試合へ、それも、決勝戦にいどむような心がまえで読んでいたからかもしれない。

 謎解き物語も呼んだ。図書館が終わるまでに、謎にたどり着いてやろうと、やっぱり決勝戦に挑むような感じで読んだ。

 つまり、最近のぼくは、ここで毎日、決勝戦をしているような生き方だった。

 もちろん、決勝戦に挑むようなきもち以外でも読んだ。

 そう、たとえば。

「三日村くん」

 あ、呼ばれた。

 われにかえる。シマさんを見る。

「窓あけよう、空気がこもってるし、わたしがわった窓からだけじゃ、酸素がたりない。そうだ、明かりはどうしようか? ま、つけるか。君は窓をあけといて、わたしは光をあたえる」

 シマさんはぼくに窓をあけるように指示し、明りのスイッチをつけにいく。でも、どこにスイッチがあるかわかっていないらしく、たちまち、きょろきょろと探しはじめる。

 ぼくは窓をあけにいく。

 何年もこの図書館に通って来た。でも、この図書館の窓をあけるのは、はじめてだった。職員の人に許可もえず、勝手にあけるわけにはいかないし。

 生まれてはじめて、この図書館の窓をあける。大きな窓だけど、かんたんにスライドしてあけることができた。窓をあけると、風がはいって来た。図書館を囲うように生えている木の葉がゆれる音もきこえた。

 窓をあけるだけで、特別なきもちになった。いったい、ここでシマさんがいったい何を目指しいているかわからない展開だけど、なんだか、ちょっとだけ、おもしろくなってきた。

 そう思っていると、図書館の明かりがついた。

「光のありかがわかったよ」

 歩いてきながらシマさんがいった。

「光のありかがわかったんだね」

 ぼくがそういうと、彼女は「そうわたしは、光のありかがわかっている人になった」といった。

 きっと、調子にのっている。

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