第11話 シマさん

 あの女の子がぼくに家にやって来たのは、次の日の夕方ごろだった。

 平日、この時間は、家に父さんも母さんも仕事でいない。玄関のチャイムがなって、誰かなと思って、二階の廊下の窓からのぞくと、うちの玄関先に、あの子がいた。三日前、図書館の二階で、遭遇したあの子だった。

 魔法の絨毯みたいに空へ飛んで行ったレジャーシートを追いかけて、消えていったあの子だった。

 三日前とおなじ、隣町の中学校の学生服姿をしている。彼女は、うちの玄関先で、両手に腰をあて、仁王立ちをしていた。

 ぼくが玄関先へ出てくるところを、待ちかまえているようにみえる。すくなくとも、人の家を、たずねる態度ではない。

 道場やぶりにみえた。いや、うちは、道場じゃないけど。

 でも、ぼくのほうも、もう相手が玄関先で、あんな感じで待ちかまえていることをしっている。

 なにか、挑戦されているようだった。

 さて、わかっていて、正面から挑むべきか。

 いや、挑むって、なんだろう。

 いっぽうで、このままずっと玄関に出ないでいると、すぐにあの子が去ってしまうような気もしてきた。作戦はないけど、ここで、出迎えないと、もう二度と、彼女はやってこないじゃないか、と思った。彼女なら、森ノ木図書館について、大事なことをしっているかもしれない。ならば、のがしてなるものか。

 ぼくは、無策のまま玄関へ向かった。ドアをあけた。すると、ドアが開き切る前に、彼女が、顔の半分をのぞきこませてきた。

「あ」

 と、彼女がいった。

 ぼくのほうは、ひるんで「………はい」と、なんとなく返事をした。それから「………どーも」と、いった。

 彼女は「二日前の魔法使い」と、いった。

 ぼくは、すこしかんがえてから「なにそれ」と、かえした。

「え? あー………あだ名かな? いま思いついたから、まあ、あだ名としては、出来がよくないけど」

「あだ名は学校で禁止されてるんだ」

「なら、名前をおしえて」

「三日村」

「みっかむら」

「うん、みっかむら」

「下の名前は」

 下の名前を、見知らぬ女の子から聞かれるという文化が、ぼくのこれまでになかったので、つい「ひみつ」と、いってしまった。

「みっかむら、ひみつ、くん、って名前なの、あなた」

「ちがうよ」

「あのさ。とりあえず、玄関のドア、ぜんぶ開ける、ってだめなの?」

「ああ、ごめんごめん」

 ぼくはドアをすべてあけた。

 彼女はうちの玄関先に立つ。手には紙袋を持っていた。

「あのさ、うちのドローンがここに来てないかな」

「ドローン、ああ」

「よし、ここか」そういって、彼女は紙袋をぼくへ差し出す。「ドローンを引き取りに来た、あ、これはお礼のおかし、四百円越えのポテトチップ。駅前のちょっといい珈琲屋さんで売ってるやつ、ふた袋ほど」

 ぐい、と、そのポテトチップが入った紙袋で押してくる。

 その紙袋は、じゃっかん、ぼくの顔面にぶつかっていた。

 攻撃かな、と思ってしまった。

ぼくは、そっと、おしつけられた袋を顔から遠ざけつつ「ドローン、って。黒いやつ?」と、たずる。

「そう、それだ。ここに引き取られたはず、あの子」

 保護した犬、猫みたいな感じで聞いてくる。

「うん、まあ。拾ったかな」

「よかったぁー」彼女は、大きく息を吐く。両肩も、ぐっと、力がぬけていた。「あれさ、高いからなくしたら、たいへんなめにあわされるところだった」

「たいへんなめ」

「でも、よかったよかった! というわけで、ひみつくん」

「はい、あ、いやいや、ひみつじゃないなし、名前………」

「ドローンを引き取らせて」

 ぐい、と近づいて頼んでくる。

「あ、ちょ……っと………まってまって………あー」

 とっさに、まってほしい、といってしまっただけで、まってもらって、なにをするか、いうかはまでは思いついてなかった。

「ん、はい?」

「いや、名前、しらないし………そっちの………」

 あせって、なんとなく名前のことを口にした。

「え? ああ、わたし? わたしの名前?」聞く彼女は、かんがえるように、玄関の天井を見上げてからいう。「名乗るほどのモノじゃないかな」

 そういうのって、なにか、人を助けた人が、けんそんして使うセリフじゃないかな。

「でもまあ、名乗りゼロは、ちょっと、きびしいか。そうだね、じゃ、シマ、って名乗っておく」

「シマさん」

「うん、それでいこう」

 なっとくたらしい。ぼくは「はあ」と、いってしまった。

「それで、三日月くん」

「シマさん」

「ドローンを、かえしてくださいませんか」

「あ、わかった。じゃあ、ちょっとまってて」

「うん、じゃ、庭に咲いてる、このあじさいでも眺めながらまってる」

 ぼくは家の中へ戻って、じぶんの部屋へ向かった。ドローンをつかんで持ち上げる。電源は切ってあった。

 あれ、そういえば、どうして、うちにドローンがあることをしっているんだ。

 シマさんはどうして。

 シマさんはなぜ

 シマさん。

「シマさん」

 と、なんとなく、部屋の中で声に出していった。

 まあ、聞いてみればいいか、シマさんに。

 そうきめて、ドローンを持って玄関へ向かう。ドアをあける。でも、そこにシマさんはいなかった。

 ぼくはドローンを持ったまま、かかとをつぶしたまま靴のつま先にひっかけて外にでる。

 シマさんがいた。ホントにうちの庭に咲いた濃い水色のあじさいを見ている。

 そんなあじさいを見ているシマさんをドローンを持ったぼくが見る。

 すると、シマさんがぼくを察知した。

「あ、それそれ!」彼女はよろこんだ。「いやはや!」

「あの、シマさん」

「はい」

「どうして、うちのこのドローンがあるってわかったの」

「え、君、ドローンの電源入れたでしょ、そしたら、電波がぱぱーって出て、ドローンの場所がわかるようになっている」

「なるほど」

「電気ってすごいよね」

「うん」とりあえず、うなずて、それからきいた。「シマさん、もしかして、この前の夜、隣の図書館の窓をドローンでわった?」

「ほらー、あじさいが、かわいく咲いてるー。うーん、ひとんちの、あじさいが、みごとに咲いている」

「そうか、わったんだ。発言に、不自然などうようが見られるし」

「三日村くん、おくそくだけで、犯人をきめつけてはいけない」シマさんは、顔をそむけたままいう。「わった」でも、みとめた。

「怒られるよ」

「でも、まあ、うちの図書館だし」

「うちの図書館………?」

「うん、うちのおじいちゃんの図書館」そういって、シマさんは図書館の方を指さす。

 え、そうなのか。

 いや、たしかに、う隣の森ノ木図書館は、市とかじゃなくって、だれかが個人的にやっている、私設の図書館だった。

 でも、え、そうなのか。つまり、シマさんの家が、森ノ木図書館の、持ち主、っていったらいいのか。

 森のヌシの人の、孫なのか。

「うちのおじいちゃんの図書館なわけで、窓をわったとしても、アレさ。とんでもなく怒られるけど、そこは親族割引で、のりこえれる、はず」

 なにをいっているのか、いまいちわからないけど、まだ窓をわったことを、その親族へ伝えてないし、怒られていなさそうなことだけは、なんとなくわかった。

「だいじょうぶ、三日村くん。だいじょうぶだから、これからだよ、公式に窓をわったことを報告して、公式に怒らる―――って、その気持ちはあるから。おちつきたまえ、三日村くん、三日村氏、三日村殿、うん、うんうんうん」

 あたふたしてないか、シマさん。

 ちょっと、せつなくなってきたので、ぼくは話をかえることにした。

「なんでドローンを飛ばしてたの」

「そこにドローンがあったから」

「でも、さっき、かりたって」

「つまり、そこに、かりれそうなドローンがあったから」

 ヘリクツ好きなのかな、この娘さんは。

「いえ、ドローンをとばして、上から図書館の動画でもとっとこうかと」

「どうして」

「なくなる前に、最後の姿を」

「そうだったんだ。でも、なんで夜に」

「昼だと、人目につくから」

 やましいきもちのある人のセリフにきこえるきこえなくもない。

 すると、シマさんは図書館の方をみながらいった。

「いや、なんと、いいますか」

「はい?」

「あの図書館、いつかはわたりのモノになるはずだったし」

 それは、ぼくの想像を、ぴょん、とこえるこたえだった。

「うっ、すごい」

「でもね、そうなる前に、図書館なくなることになった」

ぼくはまた「どうして」と、きいた。

「うちの、おじいさんが死んじゃったからね。ああー、いや、死んじゃったのは、一年まえだけどね」

 シマさんはそういって、あじさいを見た。

「でも、うちのおじいさん、よくいってたの、わたしに、あの図書館は、いつか、お前にゆずる、約束する、おまえがかわいいからゆずるぞ、って。でもさ、おじいさん、わたしに図書館をくれるって、約束をね、なにの紙とかにちゃんとのこしてなかったワケ。だから、わたしのモノになることもなく、その話はなくなった、ダメになった。あの図書館、うちがもってると、ソンなんだって。ずーっと、ソンだったみたい。おじいさんは気合で続けていただけで。だから、終わりさ、終わりなのさ、終わりになる」

 そういってため息を吐く、その先にあった、あじさいの花がすこし、ふるえた。

「おっと、すません、つい、わたしの中にうごめいていたものを、べろろん、といってしまった」

 はんせいをのべて、シマさんはこっちをみた。

 ぼくはあわてて「あ、ええっと」どうことばを返したものか考えたけど、わからず「そういうときもある」と、いった。

「ときに、三日村くん」

「はい」

「きみ、うちの図書館に、いりびたってたよね」

「うん、まあ」ぼくはみとめていった。「まあ、はい」

「じゃあ、てきにんだ。きめた、そうしよう。きめた、うん」

 シマさんはそういった。

いったい、こっちには、彼なにを決めたのか、知る術になる情報がなにもない発言だった。

「三日村くん、きみにお願いがある」

「おねがい」

「今週の日曜日に、森ノ木図書館は完全に終わる。それまでに中の本を、ぜんぶ、出すけど」

 完全に終わる。ちょっと、破壊力のつよい言葉だな。ごん、ダメージを感じる。

 しかも、今週の日曜日か。

 今日が水曜だし、あと、木、金、土で、あと、四日か。

 急だな、猛スピードでなくなってしまう、森ノ木図書館は。

 ぼくはあじさい越しに建物をみながら思った。

「わたしだって、がっかりしてる」

 シマさんは腕を組んでいう。ガッカリと、さらに、いかりもあるような感じだった。

「その、おねがいってなに?」

「ああ、それなんだけどね。森ノ木図書館が、なくなるでしょ」

「うん」

「なくなるのものは、しかたがない。だから、せめて………ええっと………その、あ! あれやるから手伝ってほしい! そう、あれをやるから! なんというか、アニメの考察動画みたいに、わたしは考察したけっか、あれを実行する相棒は三日村くんが、いい感だと、わたしははんだんした!」

 ちょっとはしゃいだ感じでいったけど、けっきょく、なにをもとめられているかが、明かされていない。ぼくの運命がみえてこない。

だから、きいた。

「あれってなに」

「え、最終回」

「最終回?」

「そう」

 シマさんは、目をみていった。

「図書館の最終回」

 どうどうとそういった。

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