第9話 なくなった

 学校の授業もすべて終わって、放課後になった。

 ぼくはまっすぐに家へ帰り、着替えないまま、隣の図書館へ向かってみることにした。緑の落ち葉がそのままの通りを歩いて、図書館の入口の前まで行く。

 入口に張り紙がしてあった。大人が使う文章で、そこには、ようするにこう書いてあった『この図書館は終わりました』みたいな。

 なくなった。なくなっていた。ホントになくなった。

 あっさり、森ノ木図書館はなくなった。

 見ると、小さな駐車場も閉じられている。自転車置き場には自転車が一台しかない。その一台も、持ち主がわからなくなって、半年以上まえからずっとそこにある放置自転車だった。タイヤも前後ろともども、空気がぬけたのか、パンクしているのか、ぺたんこになっている。

 いつもなら、自転車置き場には、お客さん、れに、職員さんの自転車もあった。でもない。

 一台も生きている自転車がない。

 図書館の窓も閉められていた。外から中がみえない。まるで図書館が息をとめているみたいだった。

 ホントだった。母さんの話も、瀬々さんの話も、ホントだった。

 ホントはこころのどこかで、ふたりとも、まちがっているんじゃないかと思っていた。ひとをうたがうのは、よくない。でも、今回ばかりは、うたがわせてもらおう、と、思ってうたがっていた。まちがえているのは、ふたりだ。そうだ、そうだ、そうなん。

 そんなふうに、心の中に、ちいさなうたがいの応援団も結成し、応援していた。

 だって、森ノ木図書館がなくなるはずがない。ずっと、ぼくの家の隣にあって、昨日だって中に入れた。

 いやでも、昨日は、入れたけど、中にだれもいなかった。

 ちがう、人はいた。あの子だ。名前はまだ、ない、じゃなくて、名前がわからない、謎の女の子。でも、職員さん、お客さんはいなかった。そして、昨日、一度は入れたけど、出たら二度と入れなくなった。

 そういえば、昨日は、とくに自転車置き場に注目してなかった。もしかすると、昨日の時点で自転車置き場には、あの壊れた一台しかなかったのかもしれない。

 まわりが見えていない人間だ、ぼくは。

 そうして、そのまま、あかない扉のまえに立っている。風が吹いて、図書館のたてものを囲うように生えた木がいっせいに揺れた。それは、いつもの森ノ木図書館の音だった。ぼくの家からも、この音は聞こえる。朝でも、昼でも、夜でも。図書館のこの音がきいて生きてきた。

 開かない入り口の前に立って、その音を聞く。

 でも、もう、なくなる。聞こえなくなる。

 森ノ木図書館はなくなる。

 いや、なくなった。もうなくなった。

 とつぜん、なくなった。

 扉は閉じられて、ひらかないし、中へ入れない。引き返すしかなかった。

 そのとき、ふと、図書館の敷地に生えている木に、なにかがひっかかっているのが見えた。近づいて、木をみあげると、黒い網みたいなものが枝にひっかかっている。そのまま見上げつづけていると、あたらしい風が吹いて、それが地面へ落ちて来た。軽いものらしく、そんなに勢いよくは落ちず、少しだけはねた。

 なんだろう。と、思って、ちかづいてみる。

 なんとなく、それの正体がわかった。

「…………ドローン?」

 たぶん、それだった。

換気扇みたいな羽根で空へ飛ばすドローンだった。つばさを広げた、鳩くらいの大きさだった。

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