第8話 その件

 三時間目の授業が終わると「三日村くん」と、となりの席に座っている瀬々さんに 名前を呼ばれた。

 瀬々さんは、毎日、変化する女の子だった。ある日は眼鏡をかけていたり、いなかったり、コンタクトレンズだったりする。今日は、眼鏡バージョン有りだった。髪型も毎日ちがう、今日は髪をうしろでむすんでいる。その前、ピンでとめていたり、ピンの種類も日によって、大きくちがう。はてには、バンドエイドの絵が、昨日、今日でちがっていたりもした。

 今日とまったく同じ見た目の瀬々さんには、今日しか会えない。そんな女の子だった。

 そんな瀬々さんとはぼくは、同じ小学校の出身で、家はずっと近所だけど、同じクラスになったことはなく、グループで話したことくらいしかなかった。今年、中学校に入ったとき、はじめておなじクラスになった。そして、隣り同士の席になった。

 そのとき、瀬々さんはぼくの顔をみて「おっと、これはこれは」といった。

なんだろう、と、まっていたけど、それだけだった。その後、声をかけられることはなかった。

 いまでも、なにが、これはこれは、なのかはわからない。

 そして、いま、中学校に入って、一か月がたった今日、はじめて瀬々さんから声をかけられた。

 とつぜんの声かけなので、あぜんとしてしまった

「え? はい」

 と、ぼくは返事をした。

「三日月くんの家にとなりにある図書館って、なくなるんだね」

 昨日の夜、母さんの話から聞いた話を、瀬々さんもしっていた。ネットのどこにものってなかったのに。

 もしかして、森ノ木図書館がなくなるって、町では有名な話なのか。

もしかして、毎日のようにかよっている、ぼくだけがしらなかった。

 なんだろう、もし、そうだとすると、それなりに、ダメージだ。ぼくはいったい、いままで、なにを見聞きして、生きていたんだろうか。ずいぶん、大きなテーマにおそわれそうだった。

 そして、また、ぼくはあぜんとした。

 もう、あぜんが、ぼくなにか、ぼくがあぜんとしているのか、わからなくなってきた。

「え、なくなるんだよね?」

 その、あぜんとしているぼくに、瀬々さんはといかける。

 ぼくは「いえ、その件については」と、いままでつかったこともないような言い方をしていた。

「その件については?」

「ただいま調査中です」

 ぼくは、いったいなにをいってるんだろうか。じぶんでもわからない。ただいえることは、あせっていた。

 瀬々さんはすこし時間をおいてから「エージェントなの? なにかしらの」と、いった。

 ぼくもすこし時間をおいてから「どういう意味?」と、はねかえした。

「ごめん」瀬々は目線はずしてあやまった。「わるい、わたしも慌てて、夢を見過ぎた」

「はあ」

 そんなことを話しているうちに、次の授業開始前の予鈴がなった。

 すると、瀬々さんはいった。

「おっと、これはこれは」

 そして、授業の準備をしだす。

 そうか、口ぐせなのか、それ。

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