第4話 まほうだ
次の日、校が終わって、家に一度かえり、着替えず学生服のまま図書館へ行った。
昨日の件は気がかりだったし、それに森ノ木図書館には、まだ読みかけの本がある。家の隣なので、本をかりないで、いつも図書館で読んでいた。読んでいる途中にだれかにかりられてしまいこともあるけど、そのときはそのときだった。
いつものように図書館に入ると、中に誰にはいなかった。いつもなら、顔も知ってる職員さんたちがいるのに、それに、他のお客さんもいない。
めずらしいな、と、思いながら、二階にあがる。小説のコーナーは二階だった。
そこに、あのコがいた。
横顔と、うしろ姿だけだったけど、顔はきょうれつな印象でおぼえていたし、着ている学生服も昨夜と同じだったし、すぐにわかった。
彼女は椅子の上にたっていた。割れた窓ガラスの部分に、テープで花柄のレジャーシートを張りつけようとしいている。
なんで。と、まず思った。なんで、彼女がそんなことを。
もしかして、大学生で、アルバイトの人なのかな。
彼女は学生服を着ていた。でも、やはり、ぼくの通う中学校とはちがう、隣の町の 学生服だった、だから、たぶん大学生じゃない。
彼女は、なんで、あそこで、あんなことを。
じつは、ぼくの家と、この図書館の間は、ちょうど、学区の境界線がある。彼女の 着ている学生服は、図書館側にある中学校の制服だった。
隣町の中学校の制服を着た彼女は、手をのばし、割れた窓にレジャーシートをはりつ けようとしている。どう見て必死だった。でも、手がとどいていない。それでも、なんとか窓にレジャーシートをはろうとしている。
やましいなにかを、覆い隠すかのような動きにみえた。
二階には、本を読む人も、図書館員の人もいなかった。ここには、いま割れた窓ガ ラスをレジャーシートで閉じようとしている彼女と、ぼくだけだった。
ぼくはそれを見ながら、まず、ばくぜんと思った。あれは、だいじょうぶな作業なんだろうか。
なにが、だいじょうぶで、だいじょうぶじゃない作業なのかときかれると、うまくこたえられる気はしないけど、とにかく、まず、ばくぜんとそう思った。つまり、彼女が、この図書館にたいして、かってにあれをやってるとするとなると、それは問題なんじゃないか。
でも、もしそうなら、どうなんだろう。とめるべきか。注意すべきか。どう注意しよう。知らない女の子に声をかけるのは、勇気がいる。そんな勇気はつかったことがないし、その勇気がぼくの中にあるのかどうかがわからない。
ひとは、どこで、知らない人に声をかける勇気を手に入れるんだろうか。
かんがえながら、かんがえることで、ふらふらな精神を、おちつかせつつ、ちかづいていく。
向こうはこっちに気づいていないようだった。窓をおおうのに夢中になりすぎてい る。あまりに夢中だし、いま、彼女の後ろを、猫のむれがとおりすぎても、気づくまい。
なんで、猫のむれなんて、いま想像したんだ、ぼく。
動揺しているらしい、ぼく。
窓にはガラスがないので、風が、どんどん入って来る。そのせいで、彼女ははろう としているレジャーシートはおおきく波打ってゆれ、彼女の髪もゆれている。とにか く風のえいきょうで、さらにうまくレジャーシートをはれない。
すると、彼女がいった。「おのれ、かぜめ!」と、ちょっと、かすれた声だった。さらにいった。「セケンのかぜめ!」
その風は、セケンのかぜ、ではないと思う。と、ぼくは頭の中でかんそうつぶやいた。
風というのは、地球がまわったときに、とか、かんがえながら歩みよる。そして、だんだん、かくしんてきになった。やっぱり、彼女は昨日の夜、図書館の窓が割れたとき、下にいた女の子だ。
そのあたりも確認したい。向こうはまだまだこっちに気づいてないし、それに、知らないコだし、近づきすぎるものあれだし、それに、どう言葉で声をかけていいかが 思いつかなかった。
あいさつからだろうな。でも、いまは向こうをみているし、ガラスの無い窓の前にいる。いきなり声をかけたりしたら、あぶない気もしてきた。
むしろ、近づかず、声もかけず、ここは下がった方がいいんじゃないか。
そう思っていると、つよい大きな風がふいた。
すると、レジャーシートがいきおいよく、おおきくふくらんで、そのふくらみで、 彼女のからだ、ぼむ、と、おされた。彼女はそれでバランスをくずして、後ろへかた むく、すると、椅子が倒れた。あぶない、と、思って、ちかづいたとき、彼女は、椅子が倒れるまえに「とう!」と、いって、ジャンプした。うしろむきに飛びながら、 くうちゅうで、すこしひねる。
いいジャンプだった。
たかさがある。
レジャーシートも飛んで、ふきとんで、ガラスの窓から光が全面的にさしこんで、一瞬だけ、空中にいる彼女の顔がみえた。
髪が銀色にみえた。
でも、すぐに飛んできたレジャーシートがぼくの方へおおいかぶさってきて、それで、こけてしまった。ぼくは床へ腰をつき、レジャーシートに全身をくるまれる。なにもみえなくなった。
すると、すぐちかくで、無事着地したらしい彼女が「いまのは、わたしじゃなかったっら、ケガしていた」といった。「さすがだった、わたし」
自己評価に高得点をつけていた。
とたん、ぼくをおおっていたレジャーシートがいきおいよくはがされる。
レジャーシートの下にはぼくがいた。
彼女は、びく、っとなって、おどろいた。
しかたない、むこうからすれば、レジャーシートの下から、とつぜん、ぼくが、どろんと、でてきたたみたいに思えたはず。
そして、彼女はぼうぜんとしたかんじでつぶやいた。
「………まほうだ」
まほう。
まほうだ、と、彼女は言い切った。
それで、ぼくはこたえた。
「はい」
なんとなく、はい、と。
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