第3話 窓

 森ノ木図書館は、ぼくの家の隣にあるので家の窓から図書館が見える。

 ぼくの二階の部屋からも見えた。窓の外が図書館だった。この部屋は、むかし、母さんの部屋だった。壁に穴があいたあとがあって、それは、むかし、母さんが部屋の中で、バク転の練習をして、あけてしまったらしい。二個穴があいている。二回挑戦したようだった。

 図書館が隣にあるといっても、うちと図書館のあいだには、少しだけ、建物は森が残っていて、生えている木の葉の隙間越しに見えた。秋になると、葉の色がかわって、赤い葉越しに。冬になって、木に雪がつもって、雪越しにみえる。春と夏は、にたような見え方だった。

 夜になると、図書館はしまって、建物のなかの光も消される。でも、非常灯の緑だけはつけっぱなしにしてあるので、夜でもうちから窓から、図書館のカーテンの向こうに、うっすらと緑のぼわん、とした光が見えた。小さいころから、夜になると、その緑の光りを見ていた。いつも、なんとなく。

 今夜もなんとなく、窓をあけて部屋から夜の図書館を見ていた。まだ、夏になっていないので、蚊がいえに入る心配もあまりないし、きもちのいい風も部屋に入る。

 生まれたときから、この家に住んでいる。図書館が隣にあった。とうぜん、この世界のほとんど人は、家の隣に図書館がない。でも、ぼくの家の隣にはある。

 毎日のように、森ノ木図書館へいっている。本を探して、読んでいる。

 もしも、家の隣に図書館がなかったら、ぼくは、どういう感じで生きていたんだろう。 そんなことを、ふと、かんがえた。

 そのとき、夜空でなにかが光る。

 光ったそれは、紙飛行機が落ちるみたいなスピードで、まっすぐに図書館へむかっていった。

 なんだろうと、思ってすぐ、光りは図書館の二階の窓へぶつかった。

 ガラスが割れる音がした。

 それから、すぐに地上から。

「げっわん!」

 という声が聞こえた。

 さらに「それはない! なしなしっ!」と、あわてふためく声が聞こえた。

 見ると、夜の図書館の庭に人がいた。

 その人が手にもっていたスマホの画面の光りで、一瞬、顔も見えた。

 きっと、ぼくと同い年くらい、十三、四歳くらいの女の子だった。学生服を着ている。ぼくの通う中学校の制服とはちがう。

 しらないコだ。

 でも、その一瞬でそのコの顔は記憶にやきついた。

 そのコは、あきらかに、わああああぁしまったああああぁ、みたいな表情をしていたせいだった。日常で、ひとがまず見せないほど、わああああぁしまったああああぁ、という表情だった。

 そして、音がした図書館のほうを見ると、いつも見える非常灯の緑のあかりが、今 夜は、妙にはっきりとみえた。

 二階の窓ガラスが割れているからだった。

 これは、と思い、ふたたび女の子の方をみる。

 すると、彼女はもうそこにいなかった。

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