第2話 あいさつ

 森ノ木図書館は、木でつくられた二階建てで、ちょっと外国の家みたいな見た目をしていた。よく知らない人がカフェだと思って入って来ることもあった。よくそういう人がいるので、図書館の中に入ってきた動きで、あの人はカフェとまちがえて入ってきたな、と、ぼくにはわかるようになった。

 大きさはうちの中学校の体育館の半分くらいある。建物まわりは、木でかこってある。だから、少しはなれた場所から見ると、森に飲み込まれつつある建物にみえた。葉がつやつやしている時期だと、ブロッコリーみたいにももえる。敷地に入ると、レンガを敷いた道が入り口までつづいていた。葉っぱがよく落ちるので、職員さんが、毎朝、ホウキで掃除している。職員さんは、ときどき、あいた場所に、その葉っぱをならべて、かんたんな絵を描いたりしていた。ハートとか、りんご、とか。

 一回だけ、すごくふくざつな絵を描いたときがあって、すごいけど、なんの絵だろと、思ってみていた。どこかで見たことがある絵だった。ずっと、見ていると、隣に、図書館でよく見かけるおじいさんが来て「ダリだな」と、いった。「これはダリだよ」そういって、さっていった。

 そのあと図書館で調べたら、ムンクだった。ムンクが耳をふさいで叫んでいる絵だったらしい。

 森ノ木図書館で働いている人は、大学生の人ばかりだった。このあたりの大学にいっている、大学生のひとがアルバイトをしている。あるとき、おばあさんがあたらしく働きはじめた、その人も大学生だったらしい。大学で、ここのアルバイトを紹介してもらえるしくみがあるみたいだった。

 森ノ木図書館は、毎日葉っぱが落ちるので、毎日、だれかがほうきで葉っぱをそうじしていた。その掃除は、たいていアルバイトの大学生のひとがやっているので、毎年ちがう人が掃除している。ぼくは図書館の隣に住んでいるし、学校に行くとき、そのまえを通るので、その人たちとは毎朝顔をあわせるので、朝のあいさつをしていた。おはようございます、と。図書館の中では、声をだしてあいさつはできないので、外にいるときは、声を出してあいさつすると、すごく、すっきりしたきもちになった。

 そうやって、あいさつしているうちに、ぼくも職員さんも、名前をおぼえあって、ちょっとなかがよくなって、ちょっと話すようになって、でも、その人たちは、ほとんど数年以内にいなくなった。大学を卒業したら、いなくなるので、しかたない。

 なかよくなっても、いつかいなくなる。それがわかってくると、しぜんと、あたらし い人がはいっても、あいさつだけになっていた。

 なかよくなってからの、別れは、ダメージがおおきい。

 たてなおすのが、たいへんだった。

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