第18話 荒れるお茶屋

 謎の違和感が解決しないまま、お店は宣伝を続けながら始めることにした。

 本当にお茶だけしか提供していないことに驚いていたが、少しずつお茶を飲みに来る人も増えてきた。


「いらっしゃいませ!」

「今日も来たぞ。仕事の疲れは酒じゃ癒されないからな」

「ありがとうございます」


 お客さんのほとんどは商業ギルドに関わっている人たちだ。

 あの場では酒屋じゃない限りお客は来ないと言っていたが、言った本人が毎日のように通うようになった。


 なんでもお茶を飲んでから、ゆったりとした時間を過ごすと寝つきが良く、朝早く起きられるようになったとか。

 商業ギルドに通う人たちの朝はみんな早いからね。

 お酒は飲みすぎてしまうと次の日まで残るため、少しずつお茶に対する意識が変わってきているようだ。


 それにお茶の作り方を変えたり、花や果物を加えたりとお茶の種類を増やした。

 一緒に奥さんと来る人も多いため、男性より女性の方が新しいお茶の反応が良いみたい。

 結果、知り合い同士で話が広がって、お客さんが増えてきた。


「いらっしゃいませ」

「一人だ」

「こちらにどうぞ」


 大柄な男がローブに身を隠してやってきた。

 今まで見たこともない新規のお客さんのようだ。

 見た目からして旅でもしている人なんだろう。


「どれがオススメだ」

「今日はこのレモンを使ったお茶を勧めています。酸っぱいのは大丈夫ですか?」

「ああ」


 男は店内をキョロキョロと見渡しながら、しきりにこっちを気にして見ていた。


「おい、お前なんだ?」


 そんな男に対して、レイヴンはぶっきらぼうな態度と言葉で接する。

 彼は店で悪いことをするやつらに対しての番人のようなことをしている。

 良い人が多い魔王国にそんな役割はいるのかと思ったが、レイヴンが自らやりたいと言い出したことだ。

 まだあの時の守ってやるという言葉を忠実にこなそうとしているのだろう。

 ただ、今はその時ではない。


「うちのものが――」


 すぐに謝ろうとしたら、男は手を前に出して静止させた。


「いや、こちらこそすまない」

「そうだ! こいつはセレーナを見ていたからな」

「そんなはずないわよ! あなたこそお客さんに謝りなさい」

「ムッ……」

「夜は一人で寝ることに――」

「すまない」


 レイヴンはその場で謝るとどこかに行ってしまった。

 それだけ私と一緒に寝るのが大事なんだろう。

 もちろんあの時のように、抱きつかれて一緒に寝ているわけではない。


 あの後、本当に一人で寝られないのかと色々と試してみたが、やはり一人だと怒鳴るような声を夜中にあげて暴れていた。

 朝起きた時には部屋がボロボロになっていたからね。


 このままでは家が壊れてしまうと思った私は一緒の部屋で寝ることにした。

 ただ、婚約前の男女が一緒のベッドなんて許されることではないからね。

 隣のベッドから手を握ってあげると、朝まで穏やかな顔で彼は静かに寝ていた。


「君はあの帝国の兵器までも操っているのか……」

「帝国の兵器?」

「いや、こちらの話だ」


 ボソッと聞こえた言葉はレイヴンに対することだろうか。

 まるでレイヴンを知っているような口ぶりだ。


 それにローブに隠れていた髪と瞳の色に、どこか身に覚えがある気がする。


「褐色が良い肌に金色の髪の毛と瞳……まるで魔王――」

「ここは静かにしてもらおうか」


 私を抱き寄せて、手で口を塞がれてしまった。

 今こそ番人の出番なのに、レイヴンはどこかに行ってしまった。

 それに彼の姿に私は隠れているため、他のお客さんからは見えないようだ。


 私がゆっくり頷くと、彼は手を放した。


「本当に君は面白い子だ。私を討伐しにきたのに、町の人たちを治療して今度は兵器も治療するとはね。それに倒した私まで死んだ確認すると偽って治療した時は笑いが止まらなかった」


 あの時死んだのを確認していたはず。

 だから、せめて傷を治すために治療したのは覚えている。

 それなのになぜ今目の前に死んだはずの魔王がいるのだろうか。

 それに笑いが止まらなかったとはどういうことだ。

 まるで私たちの様子を別のところでずっと見ていたかのような言い方をしていた。


「おい、セレーナから離れろ!」


 扉が開く音が聞こえたと思ったら、そこにはレイヴンがいた。

 彼の手にはお茶の葉を握られていた。

 冷静になるために、干してあるお茶の葉を集めていたのだろう。


「ははは、さすが兵器だな。 今日帰るとしよう。また来るよ」


 魔王はお金をテーブルに置いて、そのまま姿を消した。

 あの人は本当に魔王だったのだろうか。

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