第16話 初めての茶葉

「んっ……ここは……レイヴン!?」


 目を覚ますと私は一人で寝ていた。

 倒れたはずのレイヴンはどこにもおらず、部屋には私だけだった。

 それに昨日はお茶の葉を乾燥させていたはずだが、今はベッドの上で寝ていた。


 衣服を整えた私が一階に降りると、すでにレイヴンは起きていた。


「そんなに急いでどうしたんだ?」


 彼の言葉に呆れてため息が出てしまう。

 あれだけ心配したのに、何事もなくスッキリした表情でいた。

 本当に寝られないってのは嘘なんだろうか。


「特に何もないわ。昨日の続きをするので手伝ってください」


 何事もなかったかのように二階に戻ると、昨日の作業の続きをしていく。


『せっかくひろげたのに……』

『クルクルしちゃったね』

 広げたお茶の葉を見に行くと、葉はクルクルと丸まっていた。

 萎凋いちょうと呼ばれる作業は摘んだばかりの葉の中にある水分を飛ばしていく。


 その工程が終われば、茶葉に重しをかけて揉み込む作業に移る。

 そして、その作業には女性の私ではなく、男性であるレイヴンの力が必要不可欠だった。

 私の頼みごとに嬉しそうなレイヴンに次の工程を説明していく。


「押しつぶすように……いや、そんなに近づかなくても大丈夫ですよ」


 何を勘違いしたのか私にくっついて押しつぶそうとしてきた。


「頭が……」

「それは嘘ですよね?」


 今までのこともあり私は警戒を怠らない。

 それに昨日と比べて苦痛の表情を浮かべていない。


「はぁー」


 大きなため息を吐いてレイヴンは言われた通りに、お茶の葉に力をかけて潰しながら揉み込んでいく。


『なにかやることある?』

『ひましてるよ?』


 手を持て余しているのはレイヴンだけではなかった。

 精霊にもレイヴンのお手伝いをするようにお願いした。


 その間に私は台所に行き鍋を温めておく。


 チラッと様子を見に行くと、レイヴンと精霊は言われた通りに作業を続けていた。

 押しつぶして固まったお茶の葉を精霊がほぐしたりと、お互いに作業を協力しあっている。

 思ったよりも真面目に作業している姿が、まるで兄弟のように見えてしまう。

 そんなことを言ったら、こんなに小さくないと怒られるね。


 私が見ていたのに気づいたのか、どこまでできたのか見せてくれた。

 茶の葉は細くねじれた形になり、表面がどこかしっとりとして光沢が増している。

 さっきよりも香りが強くなっているため、この作業もここまでで良さそうだ。


「いい感じにできましたね」


「やっと終わったか」

『じみだけどたいへんだね』

『だねー』


 思ったよりも大変な作業だったらしい。

 私もこの作業が一番めんどくさいし、大変なのはわかっている。

 実際に旅の途中でやってみたけど、力はないし長いことできないから失敗に終わってしまった。


「次は乾燥させますよ」

「またあるのか?」

「あとは私でもできるので大丈夫ですよ」


 鍋を温めていたのは、揉み潰したお茶の葉を乾燥させるためだ。

 しっかり温まった鍋にお茶の葉を入れて、少しずつ乾燥させていく。

 水分も飛んでいき、全体的に軽くなってきたら火を弱めてしっかり乾燥させれば完成だ。


「茶の葉を何もせずに作るお茶と乾燥させて作るのだと、淹れる前から匂いが違うのよ」


 摘んだばかりで少し手を加える茶の葉はどこかお茶の葉特有の青々しさが残ってしまう。

 一方、乾燥させるとどこか花のようなフルーティーな匂いが漂ってくる。


「まるで別のものみたいだな」

「よかったら飲んでみますか?」


 私の言葉にレイヴンと精霊は頷いていた。

 せっかくだからと一階にあるテーブルで座って待ってもらうことにした。


 すぐに台所に戻ってお茶を淹れていく。


「乾燥した茶の葉はすばやく高温だったかな」


 実際に乾燥した茶の葉を使って淹れるのは初めてだ。

 乾燥しているとすぐに風味や香りが出てくる。

 それに抽出時間が長くなると、苦味が出てくるため調整も大変らしい。

 屋敷にいた時は従者が淹れてくれたけど、そこまで気にしていなかったはず。

 私も本を読んで勉強するまでは、違いがあることすら知らなかったからね。

 それに自分で作ったお茶を飲んでもらう機会なんて、滅多にないからワクワクしていた。


「お待たせしました」


 できたばかりのお茶を持ってテーブルに向かう。

 すでに匂いが部屋に広がっているのか、みんなでこっちを見て大きく鼻から息を吸っていた。


「これが一手間加えたお茶になりますね」


 ティーポットを傾けて、カップにお茶を注ぐ。

 琥珀色に染まったお茶がカップに波打つように広がっていく。


『おいしそうだね』

『きれいだね』


 カップを興味津々に覗き込んでいた。

 精霊たちには普通のカップでは大きいかと思ったが、器用に協力しながらティースプーンを使って掬い上げていた。


「なんだこれ……」


 先に飲んだレイヴンはその場で固まっている。

 何か味がおかしかったのだろうか。


 私もゆっくりとお茶を一口入れて、口の中で転がすように飲んでいく。


「たしかに別物ね……」


 爽やかな香りが鼻の奥から突き抜けて、口いっぱいに花畑が広がっているようだ。

 苦味も全く感じはもなく、どことなく甘味があるような気がする。


『これおいしいね!』

『まいにちのむ!』


 どうやら精霊たちの味覚にも合っていそうだ。

 これで基本となるお茶は完成した。


 あとの問題は……。


「ここにお客さんは来るのかな?」


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【あとがき】


『ねね、あいつらを驚かそうぜ!』

『またイタズラするとセレちゃんに怒られるよ?』

『☆をあげたらあいつも喜ぶだろ?』

『それもそうだけ……あっ……』

『バレちゃったな』


 どうやら精霊たちが☆を集めるために、イタズラをしているようだ。

 ぜひ、☆を集めるお手伝いをしてあげよう。


 やばい……。

 異世界恋愛を忘れてスローライフになってしまう笑

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