第9話 一人で寝られない男

 食事を終えて宿屋に帰ってきたが、私はレイヴンと同じ部屋で寝泊まりすることを忘れていた。

 ベッドは二つ用意されているが、婚約前の男女が並んで寝ることはあってはいけない。

 それなのにレイヴンは同じベッドで寝てくれと言ってきたのだ。


「私はあっちで寝るので大丈夫です」

「いや、ここで寝てくれ」

「婚約前の男女が同じ部屋ですらダメなのに、何を考えているんですか!」


 この戦いがすでに何回も繰り広げられているが、どうやら彼は諦める様子がないようだ。

 それに頭を床につける勢いで言われたら、断るのも断りづらくなる。


「はぁー、なぜそこまでするんですか?」

「いや……今までぐっすり眠れたことがなくてな。今日が初めてだったんだ」

「それは眠れたことがないってことですか?」


 私の言葉にレイヴンは頷いた。

 記憶がないのが関係しているのかはわからない。

 ただ、彼は寝ようとしたら、誰かに殺される悪夢を見ているらしい。

 やっと休める方法を見つけたから、そんなに必死な行動に出たのだろう。


「少し待っててください」


 私は宿屋の調理場を借りて、昨日と同じように蒸し茶を作る。

 茶葉はシルバとギンが出かける時にプレゼントしてくれたのを使う予定だ。


 お茶を作って部屋に戻ると、レイヴンはそのまま同じ体勢で待っていた。

 少し待ってとは言ったが、そのまま待てと言った覚えはないんだけどな……。


「なんだこれは?」

「お茶です」

「毒か」

「お茶ですよ!」


 同じ部屋にいるのに毒を盛るやつがいるはずがない。

 そう言いながらもお茶を一口飲むと、どこか安心した様子をしていた。

 心を穏やかにして、温かい気持ちにしてくれるのがお茶の良いところだ。


「うっ……」

「えっ、大丈夫!?」


 突然苦しみだしたレイヴンに私はすぐに近づいて確認する。


「今すぐに治癒――」

「くくく、本当に毒ではないんだな」


 どうやら演じていただけのようだ。

 実は毒が紛れ込んでいたかもしれないと、焦ってしまった。

 シルバとギンが茶の木と間違えて、葉を摘んだ可能性もあったからね。


「はぁー、よかった」

「俺が死ななくてよかったのか?」

「誰だった自分の前で人が死んでいくのを見たくないですよ」


 そう、私はただ自分の前で人が傷ついて死んでいくのが嫌なだけ。

 だから魔王国の人々を治療していた。

 それが聖女として間違った行動だと知っていてもね。


「怪しんでいたなら飲んだらダメですよ……」

「それもそうだな」


 彼は本当に謎の男だ。

 誰かに殺されそうなのを怯えながらも、毒かもしれないお茶を飲んでいた。


「これで少しは体が温まって落ち着きますよね」

「ああ、これでやっと眠れるな」


 レイヴンから離れようとすると、急に体が引っ張られるような感覚に陥る。


「ちょっと、放しなさいよ!」


 私はまんまと騙されてしまった。

 苦しむふりをして、近づいたタイミングでベッドに連れ込む気だったのだろう。

 全く身動きが取れない状況に再びため息が出る。


「いい加減に……」


 彼を叩いてでもその場から離れようとしたら、安心した子どものような表情で彼は眠っていた。

 そんな顔をされたら、叩いて起こすのも申し訳なくなってしまう。


 それにだんだん私も眠たくなってきた。

 今日だけは仕方なく一緒に寝ることにしよう。

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