第7話 騙された勇者 ※勇者視点

 俺は急いであの人がいる屋敷に向かう。


「これで俺はセレーナと一緒になることができる」


 高鳴る気持ちを抑えるだけで精一杯だ。

 勇者として結果を残し、王より爵位をもらった。

 子爵というそこまで高くはない爵位だが、婚約破棄された女性なら受け入れてくれるだろう。

 それに俺は旅の間、いつも彼女に寄り添ってきたからな。


 小さな屋敷ももらい、一緒に住む準備はできている。

 同じ討伐隊のやつらも一緒に住むと言った時は困ったが、金品を渡したら潔く去ってくれた。


 屋敷に着くとそこで働く従者に声をかける。


「セレーナ令嬢はいますか?」

「セレーナ様ですか……」


 言葉に反応してか、どこか顔色は曇っている。

 ひょっとして彼女に何かあったのだろうか。


「あら、勇者様」

「えーっと……」

「マリーナです」

「きみがマリーナ様ですか」


 そこには大きなお腹を優しく撫でる女性がいた。

 彼女も美しいが、俺が愛する人物とは程遠かった。


「今日はどうされたんですか?」

「彼女を迎えに来た!」

「迎えに来た? ああ、あの人のことですね!」


 どこか他人行儀な姿に俺は眉を顰める。

 セレーナは彼女の姉君だったはず。

 今の反応はまるで赤の他人のような話し方だ。


「セレーナはいますか?」

「あの人はここにはいないですよ。リヴァルト公爵家には必要ない人ですからね」

「必要ない……?」

「ええ、この国の裏切り者にはそれ相当の罰が下りますからね」


 裏切り者って……。

 敵国の国民を治療したのはさすがに俺もいけないと薄々は感じてはいた。

 ただ、それは彼女が心優しい人だから仕方ない。

 彼女はそういう人だからこそ、聖女として選ばれた人間のはずだ。


「俺が彼女をリヴァルト公爵家から追放したようなものではないか……」

「そうね。あなたが無差別に国民を襲わなければ、彼女は追い出されることもなかったでしょう」

「俺のせいってことか!」


 俺は少しずつ愛していた人の妹に近づいていく。

 だが、柵と塀が俺たちの間を邪魔をする。


「敵国の国民を襲ったのはあなたたちでしょ?」 

「俺はあなたの言うことを――」

「何を言っているのかしら? 私はあなたに提案をしただけよ? それにそんなことで姉を手に入れられると思うなんてね」

「くそ!」


 俺が目の前にいる女の言う通りに行動したのがいけなかったのか……。

 ただ、俺は彼女と一緒になりたかっただけだ。


「そもそもいくら貴族になったからって、突然の訪問は貴族にとって無礼に当たるわ」

「それはすまない……。それでセレーナはどこにいる?」

「人には言えないため、もう少し近くに来てちょうだい」


 俺は言われた通りに柵に近づく。

 彼女は俺に近づくと小さな声で囁いた。


「面倒な男ね」


 その瞬間、彼女はよろけるように後ろに倒れた。

 お腹に子どもを授かっているのに、何をやっているのだろうか。


「勇者様、姉様がいないからってひどいわ!」


 こいつは何を言っているのだろうか。


「マリーナ! きさま、俺のマリーナになんてことをする!」


 遠くから男が声を荒げて近づいてくる。

 あの姿はセレーナの元婚約者だったはず。


「あなた、大丈夫よ。私がいけないのよ」

「どういうことだ」

「勇者様がセレーナを追い出したのは、私のせいだって言うのよ」

「いくら勇者だからといって妊婦を突き飛ばすなんて許される行為じゃないぞ。この子は次期リヴァルト公爵家を継ぐ子どもだ」


 こいつらの話を聞いていると虫唾が走る。

 いや、一番虫唾が走るのは俺の甘い考えだろう。

 愛した人がまさか俺の手で苦しめていたとはな……。


「勇者様はきっと姉様に騙されて関係を持ったに違いないわ」

「ははは、娼婦に騙されていたのか。所詮、下賎な男ってことか」


 どこか軽蔑するような目で俺を睨んでいる。

 こいつは自分の元婚約者を娼婦呼ばわりしているのか?

 彼女は婚約者のために、男性と二人きりになることも断っていた人だ。

 もちろん馬車で移動している時ですら、隣に座ることはない。

 お似合いの二人に俺は自然と笑いが止まらなくなっていた。


「ははは、突然の訪問失礼しました」


 俺は頭を下げて笑みを浮かべる。

 せめて優しいあの人が幸せになれるように……。


「セレーナは討伐隊の男性とも馬車の中ですら共にすることはありませんでした。毎日彼女の動向を探っていましたが、夜な夜な市民の治療をしていた彼女が本当に娼婦なんでしょうかね」


 俺の言葉を聞き、元婚約者は驚きの顔をしていた。

 きっと隣にいる娼婦みたいな女に何か吹き込まれていたのだろう。


 何も考えられない俺はふらふらと町の中を歩いていく。

 ああ、俺は自分の手で愛していた人の全てを奪ってしまったようだ。


 彼女に作ってもらったお茶を飲みながら、話していたひとときが遠い昔のように感じる。

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