第4話 銀狼族の家族
「お姉ちゃんをいじめるな!」
「弱いものいじめはダメなんだぞ!」
子どもたちには私がいじめられているように見えるのだろう。
「お前も俺を殺す気か?」
男は私の肩を強く掴んではいるものの、殺すような仕草は特になかった。
真っ赤な瞳が私をジーッと見つめてくる。
この人は私に殺されると思ったのだろうか。
「殺そうとしているのはお兄ちゃんだ!」
「お姉ちゃんを返せよ!」
小さな体で私を守ろうと、子どもたちは男に立ち向かっていく。
だが、男にとって子どものポカポカと叩くパンチなんて痛くも痒くもないのだろう。
「私は倒れていたあなたの治療をしただけですよ。だから手を離し――」
「そうか……」
そう伝えると男はどこか優しく微笑んだ気がした。
段々と近づいていく男の顔に、私はギュッと胸が締め付けられる。
元婚約者でもこんな距離まで近づいたことがない。
彼の吐息が静かにかかると、体にじわりと重みが増していく。
彼の体はゆっくりとそのまま重なるように倒れ始め、私に覆い被さったまま意識を失ったように地面に崩れ落ちた。
「お姉ちゃんをいじめるなー!」
「離れろー!」
子どもたちはそんな男に対して、再びパンチを繰り出した。
それでも全く起きる様子はない。
「よかったら一緒に押してくれるかな?」
「押すの?」
「パンチじゃなくて?」
子どもたちに男を退かすように頼むと、力を込めて強く押していく。
次第に軽くなったのを感じた私も、小さな体で力を入れる。
「せーの!」
みんなで力を合わせると男は転がるように離れた。
「今度は私が助けてもらったね」
一瞬、命の危険を感じたが子ども達がいなければ、私の言葉だけでは信じてもらえなかったかもしれない。
何かお礼をしようかと思ったら、彼らは頭を私に向けていた。
どうすれば良いのかわからず、その場で固まっていると、私の手を取り頭の上に載せた。
「いいことしたら褒めるんだよ?」
「オイラにも!」
もう一人の子も私の手を取って頭に載せた。
大きな耳が垂れ下がり、撫でやすくなっていた。
優しく撫でるとふわふわな髪に大きな耳が触れて、心地良い気分になった。
そういえば、私は誰にも頭を撫でられたことはなかったな……。
私の分まで子どもたちを撫でていると、尻尾が大きくブンブンと振っていた。
感情が体に出てしまう種族なんだろう。
幼い頃の私もこうやって感情が出ていたら、少しは違ったのかな。
「お姉ちゃんもよしよししてあげる!」
「さっき治してくれたもんね」
そう言って今度は私の頭を撫でてくれた。
さっきまでと異なる雰囲気に、私の体も力が抜けてしまう。
撫でられるって気持ちが良いことだね。
「そういえば、お姉ちゃんはどこからきたの?」
「泊まるところがなかったらお家に来る?」
どうやら荷物を抱えているのを見て、どこか別のところから来たと思ったのだろう。
いや、私の見た目で判断したのかな。
魔王国に人間ってあまりいなかったからね。
「今日は戻って宿を――」
「えー、お家に来てよ!」
「母ちゃんは怖いけどご飯は美味しいよ!」
「そうだぞ! 母ちゃんのご飯世界一だ!」
きっとこの子たちの両親は私の両親と違って優しいのだろう。
だけど、そんなことを言って良いのだろうか?
「ふふふ、その世界一美味しいご飯を作るお母さんがいるけど大丈夫かしら?」
子どもたちはゆっくり振り返ると、耳と尻尾が急降下するように下がっていく。
「あんたら帰ってこないと思ったら、他の人に迷惑かけて何してるんだ!」
うん……。
子どもたちが怖いって言ったのが、なんとなく理解できた気がする。
ただ、私がいることに気づき、視線をゆっくり隣の男に移す。
「駆け落ちかい?」
「違います!」
まさか隣に倒れている男と魔王国まで駆け落ちしてきたと思われたのだろうか。
ひょっとしたらそういう人たちがいるのかもしれない。
女性は私の脇に手を入れると、ひょいと軽々しく持ち上げた。
「あんたちゃんとご飯は食べているのかい?」
そういえば国に戻ってから、すぐに魔王国に向かったため何も食べていなかった。
正確なことを言えば、体が何も受けつけなかったというのが本音だろうか。
「ははは、そんなに深入りはしないからとりあえず家にきな!」
やっぱり勘違いをしていそうな気もするが、周囲も暗くなっていた。
隣の国に帰る時間もないと思った私は言われるがまま付いていくことにした。
「お姉ちゃん、オラがシルバ! こっちの弟が――」
「兄ちゃん、オイラが自分で言う! オイラはギンだよ!」
子どもたちは、シルバとギンという名前らしい。
ちなみに転んで泣いていたのは弟のギンだ。
「相当懐かれたようね。私はヴァルナよ」
女性は振り向いてこっちを見ているが、私にしたら女性の肩に載っている男が気になった。
「そんなに大好きな男――」
「いや、すごい力持ちだなと思いまして……」
「ははは、正直な子だね」
ヴァルナはさっき倒れていた男を肩に抱えて運んでいる。
自分よりも大きな男を運んでいることに驚いて、私はそっちにばかり目がいってしまっていた。
「オイラも姉ちゃんを運べるぞ!」
「ギンには無理だ! オラならいけるぞ!」
どうやら彼らは力が強い種族なんだろう。
銀色の毛と大きな耳、それとふわふわな尻尾が特徴な彼らは、獣人族の中でも銀狼族と呼ばれているらしい。
あまり知らなかったが、獣人族にも様々な種族がいると子どもたちが教えてくれた。
家は小屋のすぐ近くにあり、中は料理を作っている途中なのか鍋に火をかけていた。
私は言われるがまま案内されると、隣にはべったりと子どもたちがくっついている。
「ははは、本当にあんた好かれているのね。一体何をしたんだ?」
何をしたって言っても、ただ魔法の力を使って怪我を治しただけだ。
それがそんなにすごいことなんだろうか。
私の国では魔法は貴族なら当たり前に使えるからね。
「姉ちゃんは転んだ傷を――」
「帰ってきたぞー!」
扉が開く音とともに、大きな体をした血だらけの男性がいた。
見た目はシルバとギンを大きくしたような感じで、笑った時の口元が特徴的だ
「「父ちゃん!」」
「あれ? お客さんかい?」
「オイラのおともだち!」
「オラのおともだち!」
どうやら私は彼らのお友達になったようだ。
その言葉に彼らの父は大きな声をあげて笑っていた。
「あんたらうるさいよ! それに早く血を流して、服を着替えてきなさい」
「ああ、すまない」
きっとこの家族はヴァルナが一番強いのだろう。
父も子どもたちのようにオドオドしている。
ただ、彼は言われた通りにその場で服を脱ごうとしていた。
「ガロウ、服は外で脱ぐ!」
「はああああい!」
どこか子どものような姿につい私も笑ってしまいそうになる。
すぐに外に出ていったが、その肩に大きなイノシシみたいなものが担がれていた。
あれはイノシシの魔物だったような気がする。
「夫のガロウが悪いわね」
家の中に垂れた魔物の血をヴァルナは拭っていた。
私は魔法を唱えると、そのまま床についた血を洗い流していく。
「いえ、私の方こそお邪魔しているのに何もせずに――」
「あなたずっと私の家にいなさい!」
「へっ……?」
気づいた時にはヴァルナは私の手を握っていた。
何が起きたのか分からず、固まっていると夫のガロウが帰ってきた。
「お前たち何をやってるんだ?」
「この子が血を綺麗に洗い流せるのよ」
大きな耳がピクピクと動いたと思ったら、彼も勢いよく私の元へ近づいてきた。
「俺の息子たちの婚約者にどうだ?」
「へっ!?」
この人たちは何を言っているのか、私には理解できない。
いや、理解はしているよ。
魔王国の人たちは初対面の人と婚約することが当たり前なんだろうか。
クリーンなんて幼い時に習う初歩の水属性魔法のはず。
「魔法が使える種族ってここだと少ないのよ」
「息子たちがダメなら俺の――」
「ガロウ!」
「すまない!」
相変わらず元気な夫婦についつい笑ってしまった。
きっと私を元気づけようとしていたのだろう。
どうやら魔王国は私が思っていたよりも、さらに優しい人たちに溢れた国のようだ。
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